第16回
a.なぜイエスは「上から来た」と言ったのか?|孤独と不安を消し去る「父との一体感」
1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 導入:ヨハネ伝講義 第16回 読経と解説の開始
02:15 私は去って行く:私を探しても罪のうちに死ぬという警告
04:20 ユダヤ人の誤解:自殺するつもりかという肉的な解釈
06:45 あなた方は下から来、私は上から来た
08:30 この世に属さない生き方:霊的な出自の自覚
11:15 私が「それ」であることを信じなければ、罪のうちに死ぬ
13:40 「それ(I AM)」とは何か:実相・神そのものの自覚
16:20 あなたは誰かという問い:初めから語っている通りである
19:00 私を遣わした方は真実であり、私は聞いたことを語る
21:30 人の子を上げたとき、私が「それ」であることを知る
24:10 自分の考えで動かない:父が教えられた通りに語る謙虚さ
27:00 私を一人にしない父:常に神と共に歩む絶対の安心感
30:50 結論:多くの者がイエスを信じ、光の世界へ
2. 要約
本講話では、イエスが「自分は上(霊的世界)から来た者であり、この世に属していない」と宣言される場面が解説されます。徳久先生は、私たちが現象世界の苦しみ(罪)の中に死なないためには、イエスが説く「実相の自己(I AM)」を信じ抜くことが不可欠であると説かれます。自分の知恵で勝手に動くのではなく、常に「父なる神」が共にあり、その導きのままに語り動くイエスの無我の姿勢こそが、孤独を癒やし、迷いの世界を切り拓く唯一の道であることが強調されています。
b.自分を縛る「自己限定」から自由になる方法
1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・本来の自分を現すこと
00:26 修業で性格を直す難しさと「出す」簡単さ
01:12 神の子の悟りと光による闇の消滅
01:51 片栗粉の比喩:悟りが訪れる瞬間
03:12 内なる素晴らしい実相への信頼
04:14 西田文郎氏の事例:無限の可能性と言葉の力
05:47 肉体の奥にある神の子の力と「自縄自縛」
07:43 仏とは「解ける」こと:解脱と大自在の境地
09:59 自己限定の罠:自分で決めた通りの自分になる
12:35 悟りとは自分を縛る縄を解くこと
14:14 因縁・遺伝の超越:親の病気と心の関係
17:34 過去を断ち切り神の子として生きる
18:43 凡夫の姿と実相の仏
20:30 自由な心:怒りや医者に対するこだわりからの解放
26:33 制度の自由と心の自由の違い
28:51 実相円満唱詠の解説と実践準備
30:02 実相円満唱詠(唱和の実践)
41:12 結び・言葉に出すことの大切さ
2. 要約
本動画は、徳久克己氏による「ヨハネ伝講義」の一部であり、生長の家の教えに基づき、人間が本来持っている「神の子」としての無限の可能性を引き出す方法を説いています。 多くの人は自分自身の言葉や思い込み(自縄自縛・自己限定)によって自分を縛っていますが、悟りとはその縄を「解く」ことであり、それによって自由自在な境地(仏)に至ることができると解説。片栗粉が熱湯で一瞬にして透明になるように、真理を学び続けることでパッと悟りが開ける瞬間が来ること、また、因縁や遺伝さえも心の持ち方次第で超越できることを、具体的なエピソードやユーモアを交えて伝えています。後半では「実相円満完全」という言葉を唱える「唱詠」の実践が行われます。
第17回
a.運命を変える「言葉」の法則:徳久克己講師によるヨハネ伝講義
1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 導入と地方公使試験の話題
00:27 「神」の3つの意味(創造神・応現身・霊魂神)
01:43 創造神(絶対の神)の解説
05:39 創造神の性質と「甘露の法雨」の引用
06:40 絶対的な神と現れの世界の違い
08:34 応現身(救いのために姿を現す神)の解説
11:51 霊魂神(霊魂を神として祀る習慣)の解説
13:40 日本人の信仰と戦争の敗北についての逸話
17:15 谷口雅春先生と龍神・天候の不思議な話
20:58 「実装」とは何か?(本当の姿)
23:30 実装は自分自身の中にある
27:46 「言葉」が運命を左右する理由
31:32 言葉の3要素(思念・発声音・表情)
35:05 「神想観」はなぜ大切か?
38:00 神を実感を伴って知るための神想観
42:50 「善人が病気になる理由」への問いかけ
2. 要約
本動画は、生長の家の講師である徳久克己氏による「ヨハネ伝講義」の一部です。信仰における根本的な問いに対し、受講者との対話形式で分かりやすく解説しています。 主な内容は、「神の3つの側面(創造神・応現身・霊魂神)」、「実装(真実の姿)の理解」、「言葉の創られた力」、そして「神想観の実践的意義」の4点です。 特に、神を単なる知識としてではなく、実感を伴って体験するための「神想観」の重要性や、私たちの使う言葉(思念・声・表情)がいかに運命を形作るかについて、谷口雅春先生との個人的なエピソードを交えながら説いています。
b.善人でも病気になるのはなぜ?「罪」の正体と運命を解き放つ真の自由
1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 善人でも病気になるのはなぜか?:心狭き善人と「裁き」の心
03:02 小乗仏教と大乗仏教の違いと、その解釈上の注意
04:08 自分の尺度で人を裁くことが病の元になる理由
05:10 許せない心が救いの波を妨げる:愛の深い善人への道
06:48 地方講師の役割と試験における「天運」の大切さ
09:20 組織の発展と新しい芽:相愛会の三集会所運動
13:17 ヨハネ伝第8章講義:罪の奴隷と真の自由
15:30 「罪」とは何か:実相を隠蔽する「包み(つつみ)」の教え
18:35 罪が消えるとは、自己内部の「本来無罪」を自覚すること
20:40 真の自由:貧乏・争い・悪習慣から解き放たれる境地
23:00 子供の教育と自由:強制ではなく認め・感謝することで育つ喜び
25:00 因縁を超越する:肉体の次元を超えて神の子を自覚する
29:58 愛情への飢えと「お銭」・悪癖の関係:親の愛が実相を引き出す
34:33 言葉の権威はどこから来るか:神を信じ、神の言葉を語る力
38:30 肉体の子ではなく「神の子」として新しく生まれること
2. 要約
本講話では、まず「善人でも病気になる理由」を切り口に、自分の尺度で人を裁く「心の狭さ」が神の救いを妨げることを説いています。後半ではヨハネ伝を基に「罪」の本質を解説。「罪」とは本来の素晴らしい姿(実相)を覆い隠す「包み(つつみ)」であり、これを脱ぎ捨てて「自分は本来無罪の神の子である」と自覚することこそが、病や悪習慣、因縁から解放される「真の自由」への道であると語られています。
第18回
a.なぜ病気は「ない」と言い切れるのか?徳久克己が語る実相と現象の真実
1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 講義の開始とヨハネ伝の引用
01:13 人類は神の子であるという自覚
01:54 肉体の耳と実相の耳の違い
02:44 悪魔とは「迷い」の擬人化である
04:24 物理学から見た肉体の非実在性
05:11 五感の世界を去って実相を見る方法(神想観)
07:18 アメリカ人との対話:天国と実相の違い
08:33 人間が想像した極楽と神が作った実相
11:18 人間を肉体と思うことは「人殺し」である
12:28 病気や迷いは「嘘つき」の現れ
14:40 宗教と伝統的解釈の壁
15:15 仏教とキリスト教の一致点:谷口雅春先生の解釈
18:40 聖書の変遷と生まれ変わりの思想
21:35 キリストの言葉とユダヤ人との問答
25:39 「ある」と「ない」を明確に分ける奇跡
28:44 「実在」と「実相」の時間的・空間的意味
31:30 病気は「ない」と徹底することの重要性
34:06 指導者のあり方と逆効果な助言
37:12 素晴らしい死に方:肉体への執着を捨てる
40:08 死の際の硬直と心境の関係
42:19 霊界への転生と輝くような最期の表情
2. 要約
本動画は、生長の家の講師・徳久克己氏による「ヨハネ伝講義」の一部です。キリストの言葉を借りながら、生長の家の根本教義である「実相(本来の完全な姿)」と「現象(五感で捉える仮の姿)」の峻別について詳しく説いています。 特に、人間を肉体的な存在と見なすことは、本来の神の子としての生命を否定する「人殺し」に等しいと厳しく指摘。悪魔や病気は実在せず、ただの「迷い」や「嘘」であると断じます。また、死に対する恐怖や肉体への執着を捨て、「人間は神の子であり永遠の生命である」と自覚することで、最期まで安らかに、光に満ちた姿で霊界へ移行できることを、具体的な実例やアメリカでの対話を交えて分かりやすく語っています。
b.類は友を呼ぶ!不運を断ち切り、幸福を呼び込むための精神講話
チャプター
00:00 導入:心は磁石のようなもの
01:15 類は友を呼ぶ法則
03:30 不平不満が引き寄せる現実
06:20 感謝の心と幸福の磁力
09:45 運命を切り拓く心の持ち方
13:10 まとめ:常に喜びを選択する
要約
私たちの心は、目に見えない「磁石」のような性質を持っています。自分が心の中で描き、強く感じているものと同じ性質の出来事や人々を、磁石が鉄を引き寄せるように人生へと引き寄せてしまいます。もし現状に悩みがあるのなら、外側を変えようとするのではなく、まず自分の心の磁性を「明るさ」や「感謝」へと切り替えることが重要です。喜びの心で生きることで、運命は自ずと好転していくのです。
第19回
a.最高の治癒力はあなたの中に。心を光で満たし、健やかに生きる智慧
チャプター
00:00 導入:健康を支配する心の力
01:30 肉体は心の影であるという真理
03:45 病気を引き寄せる心の曇り
06:15 執着を捨てて生命力を解放する
09:20 感謝と喜びが細胞を活性化させる
12:50 結論:内なる太陽を輝かせる生き方
要約
「肉体は心の影である」という教えに基づき、真の健康は薬や治療以上に、自らの心をいかに調えるかにかかっていると説かれています。怒り、不安、恐怖といった心の曇りは、生命の自然な流れを阻害し、病という形で現れます。しかし、心を神聖な喜びや感謝で満たし、一切の執着を解き放つとき、人間本来に備わっている無限の生命力が溢れ出し、肉体は自ずと健やかさを取り戻していくのです。
b.【奇跡の治癒】全盲の目が開いた!
チャプター
00:00 先祖と子孫の霊的交流:病気の原因と救い
01:34 頼みやすい子と波長の法則
02:26 聖典読誦による不思議な治癒の実例
03:08 集団読誦の力と「行」の重要性
04:13 宗教的行事を通じた真の信仰生活
05:16 霊魂の目覚めと不完全さの修正
06:24 聖書の実例:泥を塗って目を洗う象徴
08:00 サウロの回心と「目から鱗」の体験
09:35 山野ふみ子さんの失明からの奇跡的快復
12:15 感謝と祈り:山野さんの体験談朗読
15:57 堀江さんの体験談:経済的困窮からの脱却
22:15 信仰の実践と環境の劇的変化
27:39 英語の壁を越えた国家資格試験合格の奇跡
36:19 徳久先生の総括:真心を込めて求める姿
要約
本動画は、徳久克己先生による「ヨハネ伝講義」の一部であり、先祖供養、聖典読誦、そして「行(ぎょう)」の実践が人生にどのような奇跡をもたらすかを、具体的な体験談を交えて解説しています。
前半では、先祖が苦しみから子孫に助けを求める波長が、病気や不調として現れる仕組みを説明。そこで「甘露の法雨」を読誦することで霊魂が救われ、結果として子孫の肉体的な病が治癒する実例(特に山野ふみ子さんの全盲からの快復)が語られます。
後半は、アメリカ在住の堀江さんの体験談を紹介。事業の失敗や多額の借金という絶望的な状況から、熱心な信仰生活と「神想観」の実践、そして夫婦一体となった祈りによって、経済状態が劇的に改善。さらには英語が苦手でありながら、神の助けを得て国家資格試験に合格するという驚くべき成果が報告されます。最後に徳久先生は、結果を恐れず「ただ真心を込めて神を求める姿」こそが真の信仰であると締めくくっています。
第20回
a.運命を劇的に変える「現象の否定と実相の肯定」アメリカでの驚くべき実証と聖書の真意
チャプター(タイムスタンプ)
00:00 聖書「ヨハネ伝」第23講の朗読と解説の開始
00:33 生まれつきの盲人が癒やされた奇跡の場面
01:35 パリサイ人による安息日の議論と盲人への問い
03:11 疑い深いユダヤ人と盲人の両親への尋問
04:50 癒やされた青年の確信「私は今、見えるようになった」
06:18 神の御心を行う人と罪人の議論
07:11 イエスと青年の再会と信仰の告白
08:15 徳久克己先生による「心の眼」の深い解説
09:14 安息日の掟と奇跡の真意
14:13 肉眼で見ることの限界と「実相」を認めること
15:18 目ではなく「心」で見るということの重要性
18:14 心にあるものしか発見できない(彫刻家と写真の例え)
21:00 現象の否定と実相の肯定:新しい人生の扉
24:54 アメリカ(ポートランド)での布教体験談
28:16 アメリカ人通訳との出会いと驚きの日本語力
32:46 信仰によってビジネスが飛躍した実業家の事例
34:14 ナポレオンの名言:忙しい人に頼め
38:38 教育やビジネスにおける「神の子」の観方
41:40 将来の展望とアメリカ人リーダーへの期待
要約
本動画は、徳久克己先生による聖書「ヨハネ伝」の講義録です。生まれつき盲目だった男がイエスによって癒やされる物語を題材に、「目で見える世界(現象)」と「真実の世界(実相)」の違いを明快に説いています。
講義の後半では、徳久先生自身のアメリカ・ポートランドでの体験談が語られます。現地のビジネスマンが信仰を通じて事業を10倍に成長させた事例や、優れたアメリカ人リーダーたちとの交流を通じ、「現象を否定し、実相を肯定する」という教えが国境を超えて人々の運命を変えていく様子が力強く伝えられています。
b.お金が回り出す「無限供給」の真意とは?感謝と循環の法則
チャプター(タイムスタンプ)
00:00 羊飼いと羊のたとえ話:キリストと人々の関係
03:01 牧師と羊飼いの意味、旧約聖書からの引用
04:18 羊の真の解釈:人間に宿る神性と肉体という檻
05:39 「仏」と「往生」の本来の意味:肉体からの自由
07:05 肉体は「心」の現れであり、実在ではない
08:20 自己矛盾の同時的統一:神の子が肉体を持って生きるということ
10:35 神想観の実践:宇宙との一体感を得るコツ
12:15 細胞一つ一つに神の生命が満ちている自覚
13:40 無限供給の真意:溜め込むことではなく必要な時に現れること
15:50 欲望と執着を手放す:井戸の水や水洗便所のたとえ
17:48 出すものが先:感謝してお金を使う循環の法則
22:25 宗教の本質:人間を肉体の制約から解放し自由へ導く
24:58 解脱と仏:本来の自由を自覚すること
26:00 音楽と楽器のたとえ:人間は肉体そのものではない
29:10 本来ないものは求められない:救いを求める心は神性の証明
32:40 議論のコツ:相手に逃げ道を作り、考えさせる技術
36:50 物質的な救いと真の救い:真理を伝えることが最大の貢献
39:35 聖典・雑誌拡大の意義:人類救済への具体的な道
要約
徳久克己先生によるヨハネ伝講義の第20回(b)です。聖書に登場する「羊飼いと羊」のたとえを用いながら、生長の家の観点から人間は肉体ではなく、神性(実在)そのものであることを平易に説いています。
講義の核となるのは、人間が肉体という「檻」に囚われている現状から、真理を自覚することでいかに「自由(解脱)」を得るかという点です。特に「無限供給」については、単に富を溜め込むことではなく、「必要な時に必要なだけ現れる水道の蛇口のような循環」こそが真理であると語られています。
また、物質的な施しは一時的な救いに過ぎず、「真理を伝えること(聖典の普及)」こそが、相手を根本から自由にする最高の救いであると強調。感謝してお金を使い、執着を捨てて循環させることの重要性が、自身の体験談やユーモアを交えて解説されています。
連続して聴く
テキスト:ヨハネ伝講義-谷口雅春著



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