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徳久克己先生 『甘露の法雨』解釈
021 病気や不幸は「消えていく姿」!運命を瞬時に切り替える
この動画では、不幸な出来事や病気が現れたときの正しい心の持ち方、そして「年(ねん)の世界」を修正することで運命を変える極意が語られています。
チャプター
00:00 過去の延長に未来はない:昨日までの貧乏や病気に囚われない
01:21 不幸が現れたときは「消えていく姿」:感謝で送り出す極意
02:11 どんな災難も「これで済んだ」:死さえも新しい再生への門
03:10 神様の用事があるまで人は死なない:満州での死線を超えた体験
04:15 悪いことは「過去の清算」:消え去る影に執着しない
05:24 病人は「神の子」である:欠点を探さず、実相を観る
07:11 生長の家の治療とは何か:肉体ではなく「年の世界」を修正する
08:42 正しい祈り方:病気を治そうとするのではなく、根本を光で満たす
要約
私たちは、昨日まで病気だったから、あるいは昨日まで貧乏だったから、明日もそうであろうと考えがちですが、それは「現象」に振り回されている証拠です。徳久先生は、嫌なことや病気が現れたときこそ、それは過去に自分が抱いた間違った考えが形になって「消えていく姿」であると説きます。その瞬間に「これで消えてくれた、ありがとうございます」と感謝することで、心は浄化され、後に良いものだけが残るようになります。
また、生長の家における「治療」の本質についても言及しています。それは目に見える肉体や物質を直接操作することではなく、その影を作り出している「年の世界(潜在意識)」を光明の思念で修正することです。「病気を治そう」と現象をいじるのではなく、その奥にある「完全なる神の子」という実相を観ることで、運命は自ずと修正されるという真理が語られています。
022 運命は「現れる前」に修正せよ!霊界の高級霊があなたを守護し、奇跡を起こす条件
この動画では、私たちの「念(思い)」がいかに未来を創り出し、また霊界の高級霊たちがどのように地上の平和や個人の救済に関与しているかという、目に見えない世界の真実が熱く語られています。
チャプター
00:00 世界平和の祈り:人類の迷いを浄化する「光明の思念」
02:22 現象は「念の乱れ」の現れ:運命を修正する根本原理
03:00 欧州大戦の予言:現象化する1年半前に「念の世界」では完成していた
06:13 夢を描く力:80歳でも夢を持ち続けた谷口雅春先生の教え
08:42 夢を公表する極意:退路を断ち、実現を加速させる方法
11:02 アメリカでの布教体験:不可能を可能にする「神の信念」
14:31 必要な時に必要な人が現れる:無私の奉仕と不思議な縁
19:42 霊界からの救い:高級霊(スピリット)たちが送る「修正の光」
22:38 生長の家の仕事と守護霊:役職に就くことで得られる強烈な加護
25:35 「分からなくても伝えれば治る」理由:背後で働く霊的な力
要約
不幸や病気、さらには戦争といった現象は、すべて「念の乱れ」が形になったものです。第一次世界大戦が始まる1年半前に、すでに霊界(念の世界)ではその光景が出来上がっていたという事実を引き合いに出し、徳久先生は「目に見える世界に現れる前に、念の世界を修正すること」の重要性を説きます。
また、人生を輝かせるためには、いくつになっても大きな夢を描くことが不可欠です。谷口雅春先生が80代で壮大な聖堂建設の夢を持たれていた例を挙げ、年齢を言い訳にせず、理想を強く念じ、さらにはそれを周囲に宣言することで、現象界を動かしていく知恵を伝授しています。
さらに、生長の家の活動は人間だけで行っているのではなく、霊界の高級霊たちが「光明の思念」を送って地上の悲惨を緩和し、活動する人々を強力に守護していると明かします。たとえ教えを完璧に理解していなくても、真理を伝えようとする時、背後の守護霊が光を放ち、奇跡を起こすのだと、実践者たちに大きな勇気を与えています。
023 自分の力で心を変えようとするな!「神を呼ぶ」だけで闇が消え、人生が劇的に好転する理由
この動画では、絶体絶命の危機から救われるメカニズムや、神様と守護霊の働きの違い、そして「自力」ではなく「神様にゆだねる」ことの重要性が、ブラジルでの奇跡的な体験談を交えて分かりやすく語られています。
チャプター
00:00 絶体絶命の危機を救う「高級霊」の修正パ
00:36 ブラジルでの奇跡:谷口雅春先生の「聖影」が起こした守護
01:54 ぺしゃんこの車から無傷で生還:ハンドルが避けていった不可思議
03:12 神想観中の「手の重み」:背後で守護霊が支えている事実
04:12 「生長の家」という看板だけで守られる理由
05:21 「実装」と「念」の世界:本当の幸せには迷いも病気もない
06:36 神様の三つの姿:第一義・第二義・第三義の神(霊魂神)の違い
09:40 注意すべき「先称(自称)」の霊:冷媒にかかる霊の見極め
11:42 「仏を憶念すれば、仏もまた憶念す」:神様を呼ぶ習慣の力
13:14 闇は光がさせば消える:自分の心を変えようと苦しまなくていい
14:49 人を救う極意:まず「ふさわしい人を神様与えてください」と祈る
要約
私たちの運命は、すでに「念のフィルム」として出来上がっていますが、高級霊(守護霊)はそのフィルムの決定的な瞬間に介入し、修正してくれます。徳久先生は、ブラジルで聖影(谷口雅春先生の写真)を身に着けていた信徒が、車がぺしゃんこになるほどの大事故に遭いながら、ハンドルが体を避けるように変形して無傷で助かった驚くべき実話を紹介します。
また、信仰における神様の階層についても詳しく解説。宇宙の本体である「第一義の神」、人々の救いのために姿を現す「第二義の神(観音や天使)」、そして地上の縁ある人々を守る「第三義の神(守護霊・霊魂神)」の違いを説き、正しい信仰の対象を明確にします。
最後に、自分の力だけで心を正そうと苦しむのではなく、ただ神様を「憶念(深く思う)」することを勧めています。光がさせば闇が自然に消えるように、神様を呼ぶ習慣をつけることで、私たちの不完全な念は神様の光によって自然に修正され、真の幸せへと導かれるのです。
024 数年前の「心の迷い」が今の病気を創る!肉体の死と念の死のタイムラグから学ぶ運命の法則
この動画では、「肉体は心の影である」という教えを裏付ける衝撃的な実話が語られています。
チャプター
00:00 肉体は「念(心)」の影であるという真実
00:30 秩父セメント・諸井恒平氏と『生命の實相』の縁
01:45 本を配るだけで奇跡が起きる:生長の家の伝道の力
02:12 衝撃の実話:死の数日前に「人魂」が現れた元気な諸井氏
03:03 霊気療法家・大友きん子氏が感じた「反応のなさ」の恐怖
04:21 診断の極意:打診や触診で感じる「音」と「感覚」
06:40 産婦人科医の経験から語る「指先でわかる」人体の不思議
07:44 霊的な死と肉体的な死のタイムラグ:念の世界では既に死んでいた
09:48 1ヶ月前に人魂が出た奥様の話:現象化する前の「念の死」
11:10 病気も同じ:数ヶ月、数年前の「心の迷い」が形になる
13:00 肉体への執着を捨てる:私たちは「影」にすぎない存在か?
14:00 まとめ:肉体は儚い影、生命こそが永遠の実在
要約
「肉体は心の影である」という教えは、単なる理論ではなく厳然たる事実です。徳久先生は、秩父セメントの創業者・諸井恒平氏の最期の逸話を紹介します。諸井氏は亡くなる数日前、周囲が驚くほど元気だったにもかかわらず、その家から「人魂」が出るのを女中が目撃していました。
さらに、名高い霊気療法家が諸井氏の治療にあたった際、いくら念じても手に何の感応もなかったといいます。これは、念(霊的)の世界では既に魂が肉体を離れており、残された肉体は過去の念の余熱で動いている「影」に過ぎなかったことを意味します。
025 あなたの体は「心の影」にすぎない。病気も老いも消え去る「実在の生命」に目覚める方法
この動画では、仏教の根本思想である「無」や「空」を、生長の家の観点から「肉体はない」という衝撃的かつ救いに満ちた教えとして分かりやすく解説しています。
チャプター
00:00 人間は「はかない」存在なのか?仏教の「諸行無常」の真意
00:34 肝心な一点:肉体の人間は「嘘の人間」である
01:35 「消えるものは、はじめから無い」という驚きの逆転発想
02:22 肉体は「心の影」:心が変われば影(体)も変わる事実
04:00 影だからこそ、本質は傷つかないし汚れない
04:30 自分の顔を鏡で見てごらん:心一つで別人に変わる表情
05:48 なぜ「肉体はない」と言い切れるのか?永遠の生命の正体
07:05 肉体は「迷い」の産物:不完全な念が映し出した幻
07:54 海の波に例える「念」の性質:捕まえようとしても実体はない
08:50 禅宗の祖・達磨大師と慧可の「安心(あんじん)」の問答
10:10 腕を切り落としてまで求めた悟り:肉体を超越する決意
11:14 迷いの心を持ってこい:探しても見つからないものは「無い」
12:30 まとめ:迷いは本来ない。探すのをやめた時、悟りが開ける
要約
「人間ははかない存在だ」とよく言われますが、それは肉体を人間だと思っているからです。徳久先生は、生長の家の根本教義である「肉体はない」という言葉の真意を解き明かします。「あるものが消えるならはかないが、初めから無いものが消えても、はかなくも何ともない」という大胆な逆転の発想が、私たちを死や病の恐怖から解放します。
肉体はあくまで「心の影」です。鏡に映る自分の顔が、怒れば怒った顔に、喜べば喜んだ顔に変わるように、肉体という影は心の持ち方次第で刻々と変化します。変化し、やがて消え去るものは「実在」ではありません。本当の人間は、生まれることも死ぬこともない、永遠に輝く「生命」そのものなのです。
026 人間関係の悩みが一瞬で消える!
チャプター
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00:00 迷いとは何か?「本当の自分」を知らないだけの状態
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00:30 「迷いは悟らざる心なり」:悪い人はおらず、ただ真理を知らないだけ
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01:35 波を捕まえようとする無意味さ:現象の自分は実体のない幻
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02:12 水面に砕け散る月の比喩:現象に惑わされる現代人の悲劇
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02:40 私たちの本体(実相)は、天空に輝く満月である
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03:30 実践編:相手の欠点ではなく、その奥にある「神性」を見る
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04:30 谷口雅春先生の願い:人類が互いに感謝し合う世界へ
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05:58 お釈迦様が死の間際に説いた「月」の教え:生死の真実
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07:40 谷口先生に「妻が死んだら悲しいですか?」と聞いた結末
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08:50 「悲しむ奴は人間じゃない」:実相を知ることと人間愛の両立
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10:45 悪口への対処法:波を沈めようとして叩くと、さらに波立つ
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11:50 人の悪い噂話は「放っておく」のが一番の解決策
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13:15 飛田給練成場での実話:放火魔の中学生が更生した理由
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14:55 問題があるからこそ信仰が深まる:悩みは飛躍のチャンス
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15:30 まとめ:波に映る月ではなく、天空の満月(実相)を信じて生きる
要約
「迷い」とは、自分の本当の姿を知らないことを指します。徳久先生は、海面に映る「月」を例に、深い真理を説きます。風が吹けば、水面の月はバラバラに砕けて見えます。私たちはその「砕けた月」を見て、「自分は不幸だ」「あの人は悪い奴だ」と一喜一憂しますが、本当の月は天空に、常に完全な満月のまま輝いています。この天空の月こそが私たちの「実相(神の子としての本質)」であり、水面の月はただの「現象(影)」に過ぎません。
対人関係においても、相手の悪口や欠点は「水面のさざ波」のようなものです。それを沈めようとして相手を正そう(叩こう)とすると、余計に波は大きくなります。一番の解決策は、波を無視して、その奥にある「天空の満月(相手の実相)」を信じてじっと待つことです。
また、死への不安に対しても、お釈迦様の「月は山に隠れても見えなくなるだけで、無くなったわけではない」という言葉を引き、肉体の死は「隠れただけ」であり、生命は永遠であることを強調します。この講義は、目に見えるトラブルや病気に翻弄されず、常に「完全円満な自分」を見つめる勇気を与えてくれます。
027 驚愕!あなたの「念」が現実を創り出す。
この動画では、私たちの身の回りにある「物質」や「現象」が、いかにして人間の「念(思い)」によって形作られ、支えられているかという神秘的なメカニズムを、身近な例え話で分かりやすく解説しています。
チャプター
00:00 人間は「はかない」存在ではない:実相の円満な姿を知る
01:00 肉体は「念」の現れ:大切に扱うべき理由と執着のバランス
02:05 物質は本来「空」:椅子や柱はどこから来たのか?
03:00 家を建てるプロセス:まず「念」があり、設計図を経て形になる
04:00 「コップはコップにあらず、これをコップという」神の愛の具現化
05:20 道具には「癖」がつく:自動車や時計に宿る持ち主の念
06:50 驚きの実話:急いでいる人の時計は進み、壊れた時計が動き出す
07:45 感謝の祈り:設計者から製作者まで、すべてに「ありがとう」
08:50 木の柱にも「樹木の生命の念」が宿っている
10:00 母親の愛:赤ちゃんの「排泄」にまで感謝する合掌の心
11:30 8年越しの子宝:生長の家の教育に出会えたことへの感謝
14:00 人間の念が離れると「空き家」はなぜ早く傷むのか?
15:30 夏の火鉢はどこへ消える?「必要とする念」が形を支える
17:25 念の打力:念が消えても、形がしばらく残る現象の正体
18:50 実践編:集会を成功させるには「念の世界」で先に完成させる
19:50 奇跡の税金完納:歯科医が玄関で「架空の患者」に挨拶し続けた結果
要約
この世のあらゆる物質は、もともと「空」であり、そこに宿る「念(思い)」によって形が維持されています。徳久先生は、家やコップ、自動車、さらには肉体に至るまで、すべては「誰かの念」が形になったものであると説きます。
例えば、コップを単なるガラスの塊として見るのではなく、それを作った人、設計した人の「愛の念」が結晶化したもの(神の愛の現れ)として感謝して受け取ることで、ものの見方は劇的に変わります。また、使い手の念が強く影響するため、自動車には癖がつき、持ち主の心が忙しいと時計が早まるといった不思議な現象も起こります。
さらに、人間の念が離れると、空き家が急速に傷む理由や、必要とされなくなった火鉢が姿を消すメカニズムを通して、「念が形を支えている」という真理を解明します。
講義の最後には、商売繁盛や集会の成功といった現実的な問題に対して、「念の世界で先に成功を確信し、感謝する」という具体的な実践法が語られます。玄関で架空の患者を迎え続け、多額の税金を支払うことができた歯科医の逸話は、念の力がどれほど現実に影響を与えるかを物語っています。
028 現実を変える「心のフィルム」の秘密
今回の講義では、前回に引き続き「念(思い)」がどのように現実に投影されるか、その驚くべき実践例と、物質の正体が科学的・宗教的に何であるかが具体的に語られています。
チャプター
00:00 玄関で「架空の団体客」を迎え続けた女将さん:念が生んだ満員御礼
01:00 不景気は「念」が作っている:夫を「忙しく」させる妻の知恵
02:15 飛田給練成場の黎明期:食糧難の時代に布団を担いで集まった人々
03:15 窮地こそチャンス:本部からの援助なしで自立運営を任された覚悟
04:40 ヤオハン・和田社長の習慣:日記に「良いこと」だけを書く凄さ
05:50 物質の正体は「電子」の渦巻き:渦を巻かせる力こそが「念」
07:45 欲しいものは向こうからやってくる:念と現象のシンクロニシティ
08:50 谷口雅春先生の不思議な体験:注文より早く手に入った洋書の話
10:40 聖書や仏典をパッと開く:その時必要な言葉に出会う「念」の引き寄せ
11:25 正夢の実例:亡くなった親戚の葬儀の様子を3日前に見た軍人の話
13:10 欲しいと思えばやってくるのが「当たり前」:素直な子供の心
14:15 戦時中の「人助け」:酒も菓子も、循環の法則で絶え間なく届く
15:50 実業家の極意:自分のお金ではなく「人の金(循環)」を回せ
17:15 借金ができるのは「信用と実力」がある証拠:借金を肯定する教え
18:40 現象界は「フィルム」の影:フィルムを替えればスクリーン(現実)が変わる
20:10 物質に執着するから不自由になる:心を健全に保てば肉体も変わる
要約
この動画の核心は、「現実というスクリーンを変えたければ、心というフィルムを替えなさい」という教えにあります。徳久先生は、不景気に悩む歯科医や商店の女将さんが、まだ見ぬ客に対して「ありがとうございます」と感謝の念を送り続けたことで、実際に店が繁栄した実話を紹介します。
さらに、科学的な視点からも物質の本質に迫ります。物質は「電子」の集まりであり、その電子は「エーテル」という無の中の渦巻きに過ぎません。その渦を発生させ、一定の形(物質)として維持しているエネルギーこそが、私たちの「念」なのです。
また、「借金」に対するユニークな視点も語られます。多額の借金ができるのはそれだけの信用があるということであり、お金を自分の中に溜め込むのではなく「循環」させることこそが、真の豊かさを生む秘訣であると説きます。
「欲しいものは手に入るのが当たり前」という信念を持ち、現実(影)を何とかしようともがくのではなく、その大本である心(光・フィルム)を整えることで、病気も貧困も自由に書き換えていけるという、力強い希望のメッセージです。
029 病気が治るだけでは不十分。なぜ「肉体はない」と悟らなければならないのか?
今回の講義は、「病気がない」という教えからさらに一歩踏み込み、「健康(肉体的な健康)すらも本来はない」という、生長の家の教えの極めて深い核心部分が語られています。
チャプター
00:00 『甘露の法雨』講義:病気は心に描いた影である
01:30 「健康」もまた本来はないものなのか?深まる問い
03:00 肉体の健康を信じることは、肉体を認めていること
04:20 「肉体はない」という宣言:実装と現象の峻別
05:30 迷いも病気も、心の影に引っかかるから生じる
07:10 現象の悪い姿は本来の姿ではないと断ち切る勇気
08:20 谷口雅春先生の鋭い指摘:指導者の心に病気があるから病人が集まる?
09:40 実装を見た時だけ「健康も病気もない」が分かる
11:00 仏教の「大往生」とは、あの世へ生まれる「誕生日」
12:30 肉体を乗り越えた「素晴らしい自分(実相)」の自覚
14:30 他の宗教との決定的な違い:「病気はない」と言い切る生長の家
15:40 18歳で「永遠の生命」を悟り、感謝の中で旅立った青年の話
17:00 禅の高僧でも死に直面すると慌てる?真の悟りの難しさ
18:15 人間は生まれた時から「執行猶予付きの死刑囚」である
19:30 一日一日を「誰かの役に立つ」という緊張感を持って生きる
要約
この動画では、徳久先生が「病気は心に描いた影であり、本来存在しない」という教えの、さらに奥にある真理を解説します。多くの人は「病気はないが、健康な肉体はある」と考えがちですが、先生は「肉体の健康を信じることも、肉体という物質を実在のものとして掴んでいる(執着している)点では間違いである」と説きます。
肉体そのものが本来「影」であるならば、そこに現れる病気も健康も、すべては心のフィルムが映し出した現象に過ぎません。この「肉体はない」という根本的な悟りに至ることで、私たちは初めて肉体的な生死や健否に振り回されない「永遠の生命(実相)」を把握できるのです。
また、死を忌むべきものではなく、霊界への「誕生日」として捉える死生観や、人間は生まれた時から死という宣告を受けて生きている「執行猶予付きの身」であるという鋭い視点も示されます。だからこそ、いつ死が訪れても悔いがないよう、一日一日を誰かのために、有意義に生きることの重要性が情熱的に語られています。
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コメント
徳久先生の講和に朝からドット大笑いです。お陰さまで今日も元気に過ごせます。
楠本先生の講和にはジーン(ウルウル)とさせられます。ありがとうございます。