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徳久克己先生 『甘露の法雨』解釈
071 【運命劇変】潜在意識の曇りを一瞬で消す!「奇跡を呼ぶ心の掃除」
チャプター(タイムスタンプ)
00:00 親の「陰徳」が子供を幸せにする:名前の由来と最高の愛情表現
02:07 無からの無限供給:「お金がない」を言い訳にしない生き方
03:06 物理学が証明する「無からの創造」:真空から電子が生まれる実験
04:31 空即是色・色即是空の真理:現象を一度断ち切った奥にある「実装」
05:27 病気や悩みを消し去る極意:「ある」と思って直そうとするから直らない
06:12 本物と偽物の見分け方:恋愛や選択に迷うのはどちらも本物ではない証拠
09:24 小聖と大聖の違い:山に隠れる「小聖」、街に出て人を救う「大聖」
11:16 厭世感を克服する:不完全な世界を「本来なし」と断ち切る智慧
13:14 組織や政治の変革を超えて:本当の幸福は外側の仕組みではなく「心」にある
要約
本動画では、徳久克己先生が『甘露の法雨』の教えを基に、目に見える不完全な「現象」に囚われず、その奥にある本物の世界(実装)を現し出すことで運命を劇的に好転させる「心の掃除」の極意を説いています。
前半では、親が徳を積む(陰徳)ことや子供の親を褒めて自信を持たせることの大切さを、自身の父親の名前のエピソードを交えて優しく語ります。続いて、般若心経の「空即是色・色即是空」を引用し、最新の原子物理学における「真空(無)から電子が生まれる実験」を例に挙げながら、物質や富は「あるもの」から限定的に生まれるのではなく、本来「無(心)」の領域から無限に供給されるものであると解説。「お金がないからできない」という自己限定を取り払う重要性を示します。
後半では、病気や悩みを「ある」と認めて必死に直そうとするうちは消えないが、「本来はない」と断ち切った時に本物の健やかさ(実装)が現れるという、問題克服の核心に迫ります。また、選択や恋愛に迷うのは「どちらも本物ではないからだ」というユニークな例え話や、厭世的に世間を嫌って山にこもる「小聖」ではなく、混沌とした街(現実世界)に飛び込んで人々を救う「大聖」の生き方こそが生長の家の運動の本質であると力説。外側の組織や政治の仕組みを変えるだけでは人間は本当に幸せにはなれず、一人ひとりの「心の変革」こそが真の幸福な世界(神の国)を築く唯一の道であると結論付けています。
072 【運命劇変】病気も貧しさも消え去る!「目の前の1人を神の子として愛する波動の法則」
チャプター(タイムスタンプ)
00:00 講義の再開:日々の集会と心のつながり
01:09 物質に「快・不快」はない:痛みの正体は肉体ではなく心にあるという悟り
01:56 医師としての驚き:注射の痛みが「暗示」ひとつで激変する臨床経験
04:02 神経痛の真実:物質療法で治らない痛みが「不調和な心」を正すと消える理由
05:54 谷口雅春先生の初期回想:住吉時代の少人数(15-16人)の集いが持つ力
07:13 人数にこだわらない伝道の真髄:1人から1人を誠実に救うことが商売と宗教のコツ
09:22 渡辺崋山の商人訓に学ぶ:大口の客よりも「1文の客」を大切にする誠実さ
10:08 5ドルの布施と1万ドルの布施:金額に囚われず「真心の重さ」を平等に受ける宗教心
11:52 光明皇后のハンセン病救済伝説:差別なき大慈悲の心が仏を現し出す
13:14 有力者への執着を手放す:差別感を持たず目の前の1人を神の子として愛する訓練
要約
本動画では、徳久克己先生が『甘露の法雨』のテキストを紐解きながら、物質(肉体やお金)に捉われる生き方を離れ、目の前の「心」や「真心」に焦点を当てることで、病気平癒や人生の繁栄、真の人間関係の構築をもたらす「心の波動を整える法則」を説いています。
前半では、元医師としての貴重な経験を交え、注射の痛みが患者への「痛いですよ」という脅し(暗示)や、逆に安心させる言葉によって劇的に変化することを紹介。神経痛などの肉体の痛みは、神経という物質にあるのではなく、心の中に溜まった「腹立ち」や「人を刺すような不調和な思い」の現れであると解説します。したがって、他者と争わず調和して生きる「楽しい生活」へと心をシフトさせることが、結果として長年の痛みを一瞬で消し去る最高の治療法になります。
後半では、生長の家創始者・谷口雅春先生が初期の住吉時代にわずか15〜16人の少人数を相手に、一人ひとりと深く向き合って真理を伝えていた歴史を回想します。ここから徳久先生は、商売でも宗教でも「大勢を一気に動かそうとするのではなく、目の前の1人をどれだけ大切にできるか」がすべての繁栄の根源であると力説。渡辺崋山の商人訓や、5ドルと1万ドルの布施をまったく平等に感謝して受け取るべきだという天理教の教え、さらにはハンセン病患者の膿を自ら吸い取った光明皇后の大慈悲伝説を引き合いに出し、社会的地位やお金の有無による「差別感」を完全に手放し、すべての人間を等しく「尊い神の子」として愛し、誠実を尽くす生き方こそが、運命を劇的に変える真の心の波動であると結論付けています。
073 病気や神経の痛みを消し去る法則:すべては「心の影」である
チャプター(タイムスタンプ)
00:00 ブラジルでのエピソードとすべての人にある感謝の心
02:17 どんな人に対しても愛を与える喜び
02:53 神経(病気)を直すための心理とアプローチ
03:17 肉体物質は本来なく心が変われば体が変わる
05:26 顔と表情は心(内面)の最も分かりやすい現れ
07:21 物質や環境もすべて人間の心が作り出す影
07:50 痛むのは物質ではなく心:悔しさや憎しみの鬱積
09:22 宗教的解決:人間関係のいざこざと自己の心の関係
11:35 愛の表現の下手さと人間関係のすれ違い
14:08 誤解や葛藤は必ず自分の心の中に原因がある
要約
本動画は、生長の家・徳久克己講師による『甘露の法雨』の解釈講義です。前半ではブラジルでの指導時代を振り返り、極度に貧しい女性からパパイヤを贈られた心温まるエピソードを通じ、どんなに困窮している人であっても、その内面には必ず「恩や感謝を覚える心」が宿っていること、そして寂しい人ほど愛の言葉を必要とし、喜んでくれるということを語ります。
後半では、神経や病気・肉体の痛みを癒やすための根源的な心理を解説しています。「肉体(物質)は本来なく、すべては心の影である」という教えを基に、顔の表情や人相、周囲の環境、さらには体の中に生じる病気やコブに至るまで、それらはすべて心の内面が具現化したものであると説明します。特に神経の病や体の痛みは、発病する前に抱いた「悔しさ」「憎しみ」「腹立ち」といった感情が表現されずに心の中に鬱積した結果です。これを解決するには、相手だけを恨むのではなく、自身の「愛の表現の下手さ」や心の間違いを省み、人を許すことが大切であると説き、自己の心を変革することで病は速やかに癒えていくという宗教的・心理的な解決法を提示しています。
074 苦しみから逃げようとするほど悪化する理由とは
チャプター(タイムスタンプ)
00:00 困難や非難に直面した時こそ自己の心を反省する好機
00:35 自分の心に積んだ「豪(カルマ)」といじめられる関係性
01:21 叱られることで豪が消える:親子や夫婦の事例から
02:19 他人からの非難を「豪の消滅」と捉えて心を清める
02:53 薬や注射に頼らず心を癒やして神経を直す
03:35 苦しみから逃れようとすればするほどひどくなる理由
04:41 苦しみを実在と認めない心:幡随院長兵衛の逸話
05:33 痛みや苦しみの本質は「恐怖心」の影である
06:47 手術の事例にみる恐怖心と痛みの強い相関関係
07:18 子供の教育において恐怖心を与えないことの大切さ
08:18 怪我をした子供に恐怖心を持たせない親の毅然とした態度
09:30 親の祈りが子供に与える絶大な安心感と治癒力
10:28 針の痛みやくすぐったさの実験にみる「心」の潜入観念
11:59 物質そのものに快不快はなくすべては心の現れ
12:26 好き嫌いや味覚も物質ではなく飲む人の心にある
15:11 タバコや嗜好品の味わいも心によって変化する事実
要約
本動画は、生長の家・徳久克己講師による『甘露の法雨』の解釈講義です。冒頭では、人から嫌なことを言われたり、ひどい目に遭ったりした時こそ「自分を反省する最高の機会」であると説かれます。人間関係の衝突は、自分の心に蓄積された「豪(カルマ)」が原因であり、他者から非難されたり叱られたりすることでその豪が消滅し、心が清められていくという、物事の肯定的な受け止め方を提示しています。
さらに、肉体の痛みや苦しみ、神経の不調の本質に深く踏み込んでいます。徳久講師は「物質である肉体や神経細胞そのものが痛むはずはない」と明言し、痛みや苦しみの正体は「恐怖心」や「痛むに違いないという潜入観念(意識)」が作り出した影であると解説します。苦しみから必死に逃れようとすると、かえってその苦しみを「実在するもの」と心で認めてしまうため、症状は悪化します。手術を平気で受ける人と怖がる人の痛みの違いや、同じ針でも潜入観念によって痛みの感じ方が変わる実験、食べ物の好き嫌い・嗜好品の味わいなどを例に挙げ、すべての快不快は物質にあるのではなく、人間の心にあることを証明します。最後に、子供の教育においても恐怖心を与えず、怪我をした時こそ親が「大丈夫」と優しく祈り、安心感を与えることが、健やかな成長と治癒力を引き出す鍵であると語っています。
075 7年間の憎しみを爆笑に変えた智慧!
チャプター(タイムスタンプ)
00:00 困難にぶつかる喜びと困難を乗り越える男性のファイト
01:07 42歳での初めてのブラジル伝道:リオデジャネイロでの孤独な夜
02:30 空港の迷路と親切な日系人による救出エピソード
04:43 ブラジル日系人社会の悲劇:「勝ち組」と「負け組」の対立とピストル事件
05:53 殺害予告を乗り越えた「実装の日本」の一言
08:38 対立する日系人社会の日常と子供たちの結婚問題
09:53 勝ち組の本拠地での講演:あえて語った「産婦人科の笑い話」
11:27 7年間の沈黙を破る笑い:笑いと喜びがもたらした和解
12:25 財産を捨てて日本へ帰ろうとする人々へのユーモアある引き止め
14:47 「勝ち組」と「負け組」の双方が持っていた日本への愛
15:38 ブラジル最高峰の勲章受章と「争いのない心」の勝利
17:11 生命は本来物質のうちになし:唯物論と生命の本質
18:41 本来物質は心のうちにあり:心による物質の支配と迷い
19:28 朝顔の種の謎:同じ成分から異なる色の花が咲く「念」の働き
要約
本講義では、困難に直面した際の心の持ち方と、物質や現象に囚われない「実装(真実の姿)」の智慧について、徳久克己先生のブラジル伝道時の壮絶な体験談を交えて説かれています。
昭和27年、42歳で初めてブラジルに渡った際、現地の日系人社会は終戦を信じる「勝ち組」と受け入れる「負け組」に激しく分裂し、殺し合いにまで発展する深刻な対立の渦中にありました。殺害予告すら受ける極限状態の中、先生は「現象の勝敗ではなく、戦争もせず傷つきもしない『実装の日本』を伝えに来た」と一喝し、さらにあえて堅苦しい政治の話ではなく「産婦人科の笑い話」で人々を7年ぶりに爆笑させることで、頑なな心の壁を溶かし和解へと導きました。この功績により、のちにブラジル政府から最高峰の勲章を授与されています。
講義の後半では、人間をタンパク質などの寄せ集めとする唯物論を否定し、同じ成分の朝顔の種から赤や紫の異なる花が咲くように、物質の根底には「念(心)」が宿っていると説明されています。物質が心を支配するのではなく、本来物質は心の中にあり、心が物質や肉体を支配しているという真理を悟ることこそが、すべての迷いや苦しみから解放される鍵であると強調されています。
076 体型も運命もすべては「心」の現れ
00:00 食べ物の摂取量と体型の変化(心の現れ)
02:08 生命と物質の本質(生命は物質の塊ではない)
03:32 双子の性質の違いと「念」の働き
06:45 物質主導思想への反論と心による形成
07:18 病気や不幸の根本(迷いは本来ない)
08:24 実相の世界と現象の世界の区別
10:02 神の完全性と人間の心のフィルター
12:55 悪く見える人の奥にある「実相」を拝む
13:46 スター・デイリーの逸話(人を裁かない愛の目)
15:36 谷口雅春先生から学んだ「ただ見つめるだけで変える愛」
16:51 人種や国境を超えた普遍的な愛の実践(ブラジルでの体験)
19:18 日常生活(夫婦・家族)における愛の眼差し
本講義は、生長の家の教えである「実相」と「現象」の視点から、生命の本質と真の愛の実践について説いています。
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生命と物質の関係: 同じ食事をしても太る人と痩せる人がいるように、また同じ遺伝子を持つ双子でも性質が異なるように、人間の体や運命を支配しているのは物質ではなく「心(念)」です。生命は物質の塊ではなく、物質は生命が念のレンズを通して現した姿に過ぎません。
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迷いと病の本質: 病気や不幸は心の「迷い」から生じますが、生長の家では「迷いは本来存在しない」と考えます。存在しないからこそ出所もなく、その迷いが消えれば、神が創られた完全無欠な世界(実相)がそのまま目の前に現れてきます。
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人を裁かない愛の眼差し: 現象世界でどんなに悪く、あるいは恐ろしく見える人であっても、その奥底には素晴らしい神の命(実相)が宿っています。キリストが凶悪犯スター・デイリーをただ一切裁かない愛の目で見つめるだけで更生させた逸話や、講師自身のブラジルでの人種を超えた祈りの体験を通じ、相手を泥棒や敵として見るのではなく、真の姿を信じて「愛の深い目」で拝み出すことの重要性と無限の力が語られています。
077 なぜ「病気は本来ない」と言い切るのか?
00:00 前文の振り返りと「実相」という概念の導入
01:20 生長の家における「実相」と世間一般の言葉の違い
02:22 実相とは神様が創られたそのものの世界(天国)である
03:05 病気や悪人が「本来はない」という根本的な信仰
04:09 現象世界は人間の心の現れ・実相は神の心の現れ
05:13 心理(真理)をそのまま語ることの大切さとその響き
06:15 英語グループの指導と他宗教との違い(迷う心も本来ない)
07:18 相手を分からせようとすることの傲慢さと相手を神の子と見る目
07:39 生長の家における「歴の長い人」と「初心者の治り方」の違い
08:35 本物になるには10年かかる(アメリカ人指導の難しさ)
10:42 現象界の理屈と「念のフィルム」の根本原理
11:45 実相の世界は説明ではなく「直感」によって体得するもの
12:50 神想観を通して理屈を超えてパッと掴む
13:30 講師の医療経験と「永遠に死なない生命」への確信
要約
本講義では、生長の家の教えの核心である「実相(じっそう)」と「現象(げんしょう)」の違い、そしてそれを頭の理屈ではなく直感で掴むことの重要性が説かれています。
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「実相」の本当の意味: 世間一般や新聞で使われる「事実の姿」としてのじっそうは現象に過ぎません。生長の家でいう「実相」とは、神様が創られたそのものの完全無欠な世界(神の国・天国)であり、そこには病気も悪人も本来絶対に存在しません。
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現象界と念のフィルム: 目に見える「現象世界」は、人間の心が描く「念のフィルム」が展開した影のようなものです。病気や問題を無理に直そうと現象に執着するのではない、「病気も悪人も、それを迷う心さえも本来はない」という真理をそのまま語り、信じ切ることで、神の創られた完全な実相が現象として現れてきます。
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直感把握と神想観: 実相の世界は、理屈や証明、説明によって頭で理解できるものではありません。それは「神想観(しんそうかん)」という瞑想などを通じて、理屈を超えてパッと「直感」で掴む(体得する)ものです。本物になるには10年の歳月が必要であるとし、永遠に死なない生命の真理を体得した者は、肉体の死に直面しても動じない真の強さを持つことが語られています。
078 「知ったつもり」の慢心を捨てて直感でパッと悟る
00:00 医師としての経験と永遠の生命の確信
01:00 臨終の相が示す霊界の有様と実相の幸福
02:44 現象界は念のフィルムの展開であり実相は直感で悟るもの
03:16 母から聞いた昔の村芝居と赤い毛布の滑稽な逸話
04:54 人生は役割を演じる舞台であり良い役を選ぶ大切さ
06:31 完全円満な実相世界とそれを写し出した現象界の好転
07:56 人間の知恵の行き詰まりが神への拠り所となる瞬間
09:01 神が満たされるための「私心を捨てる真空の心」
10:01 南天棒老師とお茶の逸話に学ぶ知識への執着
12:31 知ったつもりになる慢心の恐ろしさと聞く耳の大切さ
14:04 学者と金持ちが後回しにされる理由と理屈の限界
14:52 理論を語るよりも心を打つ「不思議な体験談」の力
本講義では、人間は本来死なない「永遠の生命」であるという実相の真理と、それを体験・体得するための心の持ち方について説かれています。
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臨終の相と実相の確信: 徳久先生は自身の医療経験から、死を前にした人に「人間は死なない、永遠の生命である」と実相を伝えることの重要性を語ります。死に際に和やかな顔をする人は良い霊界へ赴き、現象の肉体を自分だと思い込んで執着し、もがいて死ぬ人は苦しむことになります。「実相」の素晴らしい本当の自分を知ることこそが人間の最大の幸せです。
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人生というお芝居と念のフィルム: 現象世界はすべて人間の「念のフィルム」が映し出した影、お芝居のようなものです。昔の村芝居の「赤い毛布を巻けば生き返る」と思い込んだ子供のユーモラスな逸話を交え、現象で病気や悪役を演じて一喜一憂することの虚しさを説きます。どうせ演じるなら、人に好かれる良い役を演じるべきであり、その現象の奥にある完全円満な実相世界をパッと直感で悟ることが肝要です。
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私心を捨てて神に任せ切る: 実相の直接的な悟りがない人にも、病気の治癒や経済的破綻からの好転といった「実相の写しの世界」を見せることで真理を示すことができます。人間が自分の知恵に限界を感じ、私心を完全に捨て去って「真空」のような心になった時、初めて神の力が一気に流れ込みます。
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理屈や慢心を捨てることの重要性: 南天棒老師が知識で満腹になっている知識人に対して、ただお茶を注ぎ続けて満杯であることを気づかせた禅話を挙げ、「すでに知っている」という慢心があるうちは真理は入らないと指摘します。理屈で片付けようとする学者や金持ちは後回しになりやすく、人間の頭では理解しきれないような「不思議な体験談」こそが、かえって人の心を強く打ち、真理を求める契機になると説かれています。
079 なぜ心が変わると借金取りまで味方になるのか?
チャプター(タイムスタンプ)
00:00 理屈を超えて忽然と治る「実装の世界」の癒やし
00:54 信仰心を深くする愛読書:スターデーリーの著作と聖書の言葉の力
03:22 目に見えない「天国」と現実を好転させる「実装の写し」
04:05 警察からの非科学的という弾圧と「忽然と消える」真理
05:40 練成道場に逃げ込んできた会社社長の巨額の借金問題
06:27 「借金ができるのは払える証拠」:一本の電話で変わった借金取りの態度
07:43 儲けるのも潰すのも早かった藤井さんの愉快な逃亡劇
08:55 1番借金のある相手からさらに5万円を借りて東京の練成へ
09:53 初めての練成道場:「ありがとう」の意味も分からず逃げ隠れる日々
11:00 3回目の練成で訪れた覚醒:大手企業の巨額借金と自分を比べた気づき
12:19 500万円の借金で死のうとした愚かさに気づき、心が大好転
12:53 借金取りに放った一言:「返す方法が分かったから待て」の奇跡
13:49 恐怖の電話が消えて仕事が激増:1年で借金を完全完済した結末
要約
本講義では、人間の理屈や計算を超えて現実が劇的に好転する「実装(真実の姿)の世界」の力について、具体的な奇跡の体験談を交えて分かりやすく説かれています。
徳久克己先生は、病気がじわじわ治るのではなく「忽然(こつぜん)と消え去る」ような理屈なき癒やしこそが神の実装の世界であり、それは聖書やスターデーリーの著作に流れる真理と同じであると語ります。その具体例として、道場に逃げ込んできた2人の社長の経済的苦境が、心の転換によって劇的に解決したエピソードが紹介されます。莫大な借金に追われ、首を吊ることまで考えて道場に逃げ込んできた藤井さんという男性は、「大手企業の社長は数百億の借金があっても平気で生きているのに、自分は、人間は神の子であり無限の力があると言われながら、たった500万の借金で死のうとしていたのか」と気づき、心が大好転しました。
彼が「返す方法が分かった(実際には返そうという心になっただけ)」と堂々と借金取りに告げると、相手の態度が忽然と軟化し、督促の恐怖が消えたことで仕事が次々と舞い込み、わずか1年で全ての借金を完済するという奇跡を起こしました。環境や相手を無理に変えようとするのではなく、自分自身の「心(念)」が神の子としての確信に変わるとき、目の前の厳しい現実(現象)は忽然と豊かな世界へ書き換わるという真理がユーモラスに明かされています。
080 【驚愕の奇跡】トラックに轢かれた2歳児が無傷!? 運命をひっくり返す
チャプター
00:00 実相の世界と心が変わることによる不可思議な現象
00:36 結婚の見合い写真に例える現象界と実相の明確な違い
02:30 現象界の幸福や治癒の体験は実相の世界の「写真」である
02:51 トラックに轢かれた子供が神の修正と祈りで無傷だった奇跡
05:22 信仰と祈り、善行によってもたらされる運命の修正と神の救い
06:19 『甘露の法雨』が持つ奇跡の力と全人類へ普及する意義
07:23 罪の本質についての問答と、神から出たもののみが実在するという真理
08:48 釈迦・キリスト・生長の家が言葉の力で罪の非実在を証明した意味
11:25 すべての真実の実在は神と神より出たもののみであるという根本真理
12:15 神の心が言葉(波動)となり展開する実相世界と、人間の念による現象界
14:35 現象の悪に惑わされず、雲の上の太陽のように奥にある実相を信じる重要性
15:33 直感把握によってのみ受け取れる「神は完全である」という真理
要約
本動画は、生長の家の徳久克己先生による聖経『甘露の法雨』の解釈講義です。徳久先生は、現象界(目に見える世界)における幸福や病気平癒の体験は、本物の世界である「実相(じっそう)」の姿を写した「見合い写真」のようなものであると例えられます。
講話の中では、トラックに完全にお腹を轢かれながらも、父親と祖父が熱心に『甘露の法雨』を誦行し「人間神の子、実相円満完全」と祈り続けたことで、病院に着く頃には跡形もなく無傷で回復していたという驚くべき奇跡の体験談が語られます。本来の因縁では死ぬべき運命であっても、神を信仰し、人を助ける善行を積むことで「神様の修正」が入り、理屈を超えた救い(親友)が現れると説かれます。そのため、言葉の力だけで奇跡を起こす『甘露の法雨』を、世界中の多くの人々に持ってもらう運動の大切さを強調されています。
後半では、聖経の「罪の項」を紐解き、「すべての真実の実在は神と神より出たもの(実相)のみである」という根本真理を解説します。神様が作られなかった不完全な「罪」や「病」は、本来実在しない仮の姿(非実在)であり、お釈迦様やイエス・キリスト、そして生長の家もまた、言葉の力によってその幻を暴き消し去るために来られたのだと説明されます。人間の「念(迷い)」が曇りガラスとなって悪い現象を生み出しますが、雲の向こうには常に太陽が輝いているように、どんな現象の奥にも完全無欠な「実相」が厳然として存在していることを、頭で理解しようとするのではなく、素直な直感で受け取ることの重要性を温かくユーモアを交えて語られています。
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