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徳久克己先生 『甘露の法雨』解釈
031 肉体は自分ではない「念波の投影」にすぎない
今回の講義は、「実在(じつざい)」という真理が単なる頭の中の理屈(哲学)に終わることの危うさと、それをいかに生活や自覚に落とし込むかという、非常に実践的な内容です。
チャプター
00:00 移り変わるものは「実在」ではない:キリストの自覚
01:15 実在・道・生命・神・実相、すべては自分自身のこと
02:15 「知ってるバカ」になっていないか?学問と実践の大きな違い
03:10 徳久先生の医学生時代:病理学の権威も「生身の患者」は診られない
04:40 技術と理屈は別物:初めての注射で学んだこと
06:10 仏教が難解なのは、説く人自身がわかっていないから
07:45 聖教(テキスト)を繰り返し聴く・読むことの重要性
09:10 文書伝道(ぶんしょでんどう)の真髄:自分が教えず本に語らせる
10:20 実在とは「存在するもののすべて」:唯心独尊の哲学
12:15 肉体は「念波の投影」:滅びるものを自分だと思うな
13:10 宇宙の大生命と自分を「同体」と自覚する訓練
14:50 正しいことを言う者が受ける非難:キリストの受難に学ぶ
16:20 谷口雅春先生の闘い:「病気はない」という真理への反発
17:45 友達の医者に「病気はない」と言ったらどうなるか?
19:15 パウロの回心:狂気と言われるほどの圧倒的な自覚
要約
この講義で徳久先生は、「実在(じつざい)」という真理を単なる哲学的な概念として頭に閉じ込めておくことを強く戒めています。多くの学者が「知っている」だけで実際には人を救えない現状を、自身の医学部時代の「病理学の教授(死体は診るが患者の脈は診られない)」や「初めての注射(理屈はわかっても手が震える)」というユーモアあふれる体験談を交えて批判的に解説します。
真理とは、頭でこねくり回すものではなく、自分の生活の中で「私は大宇宙の生命と同体である」と体当たりで自覚し、実践するものです。肉体は心のフィルムが映し出した「念波の投影(影)」に過ぎず、滅びゆく影を自分だと思い込むから苦しみが生じます。
また、谷口雅春先生が「病気はない」と説き始めた当初、世間や医療界から激しい非難を浴びた歴史にも触れ、正しい真理を伝える者が受ける「狂気扱い」を恐れてはならないと説きます。キリストやパウロのように、周囲に何と言われようとも、自分の中にある永遠の生命を確信し続けることの重要性を説く、勇気と自覚を促す講義です。
032 運命が激変する「知行合一」の教え。
今回の講義は、真理を単なる知識に留めず「生活に生かす」ことの重要性と、師である谷口雅春先生の私生活から見える「愛の実践」が中心テーマです。
チャプター
00:00 真理を語れば「狂気」と言われる:一人前になるための通過点
01:10 最後まで生き残った弟子ヨハネ:「愛」を説き続けた人の生命力
02:40 真理のために肉体を捨てる強さ:永遠の生命を知るということ
03:55 「神と一つ」の実感:現実世界を動かす根本の力
04:55 人にはできなくても神にはできる:信念と自覚が合致した時の威力
06:10 徳久先生の名前の秘密:コンプレックスから「神」への感謝へ
07:20 無限の可能性を引き出す:若い感性とアイディアの重要性
08:50 平和への祈り:10人の真理実践者がいれば世界は変わる
10:10 生長の家が「奇跡」を起こす理由:抽象論ではなく生活に密着した真理
12:20 生活に生きる宗教:寺院の中だけで終わらない信仰
13:15 谷口雅春先生の私生活:説くことと行うことが一致した美しさ
14:30 飛行機の階段でのエピソード:雅春先生が奥様に示した深い敬意
15:40 職員への愛:一過性の雇用ではなく「一生面倒を見る」覚悟
17:35 「知る」から「行う」へ:完全な知行合一が人生を癒やす
18:45 「消滅」ではなく「現減」:永遠に生き通しの生命を確信する
要約
本講義で徳久先生は、生長の家が他の宗教や哲学と一線を画す点は「生活に生きる宗教」であることだと強調します。どんなに高尚な教えも、日常生活から遊離していれば人を救う力はありません。
特に印象的なのは、師・谷口雅春先生の日常の姿です。雅春先生は教壇で説く真理を、家庭や職場でもそのまま実践されていました。奥様への細やかな気遣いや、職員を「一生面倒を見る」という覚悟で雇う姿勢など、知行合一(ちこうごういつ)の美しさが語られます。
033 あなたにしかできない使命が必ずある。
今回の講義は、自分自身の存在意義と、必要なものが与えられる「無限供給」の原理が中心テーマです。
チャプター
00:00 各自は宇宙の中心である:自分にしかできない仕事がある
01:30 過去の苦労や遊びの経験もすべて「使命」に繋がっている
02:35 谷口雅春先生の「奥様の病気」が教えの発見を導いた
03:45 起きたことはすべて「良かった」と思える心の転換
04:25 宇宙を双肩に担う自覚:自分の心が環境を映し出す
05:10 「無限供給」の波動:必要とするものが与えられる法則
06:40 迷いの心と「実相」の投影の違い
08:45 すでにすべては備わっている:不足感を手放す大切さ
09:50 無限供給を動かす3要素:愛・智慧・生命
10:45 人の役に立ちたいという「愛」が富に変わるプロセス
11:35 実行する「生命力」がなければ形にならない
要約
本講義で徳久先生は、私たちは一人ひとりが「宇宙の中心」であり、それぞれにしか果たせない独自の使命を持って生まれてきたと説きます。過去の病気、苦労、あるいは遊びの経験でさえも、後の人生で誰かを救うための貴重な財産(使命の準備)となります。
また、「無限供給」の原理について詳しく解説されています。生長の家では、自分に今必要なものは必ず与えられると教えますが、それは単なる「欲」ではなく、神の心と調和した「実相」の自覚から生じるものです。
富や必要なものを引き寄せるためには、「愛・智慧・生命」の3つが不可欠です。
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愛: 人の役に立ちたいという願い。
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智慧: 具体的にどうすれば役に立てるかというアイディア。
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生命: それを形にするための実行力。 この3つが揃ったとき、宇宙の無限の供給が自分を通じて流れ出し、豊かな人生が実現します。「ない」という不足感ではなく、「すでにある(備わっている)」という満たされた心で生きることの重要性を説いています。
034 困難や反対は「成功の前兆」である
今回は「本当に必要なものは必ず与えられる」という確信と、困難を乗り越える心の持ち方がテーマです。
チャプター
00:00 「すでに与えられている」という満ち足りた心で祈る
01:30 欲しいものが手に入らないのは、神が渋っているからではない
02:15 「欲しいもの」よりも「本当に必要なもの」が届けられる
02:45 飛田給の練成道場設立秘話:周囲の反対をどう乗り越えたか
04:20 人から批判・反対されている時こそ「安心」である理由
05:40 少数精鋭でのスタートが強い信念を育てる
06:50 神の仕事をしていれば「食べられない」ことは絶対にない
08:35 必要のないものは、カミソリを子供に渡さない親心と同じで与えられない
09:40 「時・所・位」の三位一体:ちょうど良いタイミングで現れる
11:20 お金や人が集まらない時は「まだその時ではない」というサイン
12:15 対価を払って学ぶからこそ、真剣味が生まれ身につく
14:10 困難に直面した時の「次に来るもののための準備」という考え方
要約
本講義で徳久先生は、実相(じっそう)の世界には無限の智慧と生命が溢れており、「すでに与えられている」という確信を持つことの重要性を説きます。神に「もっとください」と談判するような祈りは、逆に「まだ与えられていない」という不足感を強調してしまい、実現を遠ざけてしまいます。
特に強調されているのは、「欲しいもの」ではなく「本当に必要なもの」が与えられるという真理です。これは、子供が危険なカミソリを欲しがっても親が与えないのと同じで、神もその人の成長や安全のために、時期尚早なものや不要なものは与えられません。
徳久先生自身の練成道場設立時のエピソードを通じ、周囲の反対や批判、資金不足といった困難をどう捉えるべきかが語られます。批判されるのは、慢心せず自分を磨くチャンスであり、反対者がいるからこそ信念が強固になります。必要なものが集まらない時は「今はまだその時ではない」と受け入れ、神のタイミング(時・所・位)を信じて進むことで、道は必ず拓けるという力強いメッセージです。
035 無限供給の波に乗る「3つの絞り込み」と「言葉の力」。
今回は「欲しいもの」と「本当に必要なもの」の違い、そして願いを現実化させる具体的な方法がテーマです。
チャプター
00:00 有り余る富は逆に人をダメにする:子供に与えるお小遣いの教訓
01:30 魂の向上に必要なものは必ず与えられる
02:10 ブラジルでのエピソード:困窮した労働者を救おうとした篤志家の話
04:40 「与える」ことの重要性:与えることで自分も満たされる循環
05:40 孫や子供に真理の書物をプレゼントする功徳
07:05 言葉の力:悪い言葉を避け、良い言葉で周囲を祝福する
08:40 自分の「ばかげた」行動を自覚することの大切さ
09:40 子供や若者に分かりやすい言葉で真理を伝える工夫
10:40 「必要」であればリンゴでも鶏でも何でも与えられる
12:15 願望を紙に書く具体的な方法:3つに絞り込み、最後の一つを見極める
14:15 神様への「先出し感謝」の手紙:すでに与えられたとしてお礼を書く
15:30 1年後にはほとんどが叶っている:財布に忍ばせる願い事のメモ
16:35 天井に貼る「言葉の力」:理想の自分や家族の姿を毎日目にする
17:30 煩悩ではなく「実相のレンズ」を通して願うこと
要約
本講義で徳久先生は、無限供給とは「何でも有り余るほど手に入ること」ではなく、**「その人の魂の成長に本当に必要なものが、必要な時に与えられること」**だと説きます。親が子供に過剰な金銭を与えないように、神様も私たちの成長を妨げるような余計なものは与えません。
講義後半では、願いを具現化するための非常に実践的なメソッドが紹介されています。
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書く: 欲しいものをリストアップし、何度も書き直して「本当に魂が必要としているもの」を3つに絞り込みます。
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先出し感謝: 「神様、〜を与えてくださりありがとうございます」と、すでに叶ったものとして感謝の手紙を書きます。
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視覚化と言葉: 天井や壁に理想の状態(「素晴らしい夫」「大社長」など)を書き出し、毎日目にして言葉に出すことで、潜在意識を書き換えます。
「欲しい」という煩悩(不足感)から願うのではなく、実相の世界にある完璧な豊かさを信じ、感謝の心で受け取ることが運命を好転させる秘訣であると語られています。
036 夫婦関係も金運も好転させる「心のレンズ」の磨き方
今回は「物質とは何か?」という深い真理から、私たちの「心」がどのように現実に投影されているのかを、具体的なエピソードを交えて解説されています。
チャプター
00:00 実相(本当の世界)ではすでに全てが与えられている
01:20 物質の正体:「かまぼこ」も観念の投影に過ぎない
02:10 時間・空間というスクリーン:五感というレンズが現実を映し出す
03:30 リネンの世界(神の心)が心を通して現実に現れるプロセス
04:20 40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て:リンカーンの教訓
06:15 心の状態で顔つきは変わる:イライラと平和の投影
07:30 相手を「嫌な人」と思うと、良い言葉も歪んで聞こえる
08:30 夫婦喧嘩の原因は「心の歪み」という形式の問題
09:45 太陽の高さで影の長さが変わるように、心の置き所で現実は変化する
11:50 コップの中の箸:曲がって見えても実は真っ直ぐであるという比喩
13:00 「神様は嘘つきだ」と思ってしまうのは自分の心の迷い
要約
本講義の核心は、**「目に見える物質や現象は、私たちの心が五感というレンズを通して投影した映像に過ぎない」**という教えです。
徳久先生は、実相(神様の創られた完璧な世界)にはすでに豊かな供給が備わっているが、私たちの心が「不足している」「嫌な人だ」と歪んだレンズ(観念)をかけて見ているために、歪んだ現実が映し出されるのだと説きます。
特に印象的なのは「顔」と「人間関係」の話です。
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顔は心の履歴書: リンカーンの「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」という言葉を引き合いに、日々の心の持ち方がいかに容貌や雰囲気に現れるかを強調します。
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人間関係の投影: 自分が相手を「嫌な人」という色眼鏡で見れば、相手が善意で言った言葉も悪意として届いてしまいます。夫婦喧嘩や対人トラブルの多くは、相手が悪いのではなく、自分の「心のレンズ」が歪んでいることが原因です。
「水の中の箸が曲がって見えても、実物は真っ直ぐである」という比喩のように、現象がどれほど苦しく見えても、実相の完璧さを信じ、心のレンズを正しく合わせることが幸せへの唯一の道であると語られています。
037 金運と幸福を引き寄せる「愛の形」
今回は「生命の躍動(動的な力)」と、それを受け取るための「出すこと(献金・愛行)」の重要性について、先生独自のユーモアを交えながら語られています。
チャプター
00:00 実相(本当の世界)を正しく観ることの重要性
01:10 現象の不調和に囚われず、本来の円満完全を自覚する
02:15 生命とは「静的な円満」であると同時に「動的な自由自在」である
03:45 青年たちよ、こじんまりとまとまるな!豪快に生きる魅力
05:10 「出す」ことの教え:祈り、愛、献金(浄財)の三位一体
06:15 徳久先生の告白:昔は献金に抵抗があったが……
07:35 谷口雅春先生との思い出:ハワイでのエピソード
08:25 なぜ「出す」と「入る」のか?宇宙の呼吸の法則
10:10 愛が形を変えたものが「お金」である
11:55 「出さない苦しみ」:溜め込むことは不自然な状態
14:10 「少し無理をして出す」ことで得られる喜びと魂の拡大
15:40 子供の無駄遣いと親の「愛」の関係
要約
本講義では、生命の本質が**「静的な円満」(穏やかさ、充足感)だけでなく、「動的な自由自在」**(躍動感、豪快さ)にあることが強調されています。徳久先生は、感謝してこじんまりまとまるだけでなく、もっとエネルギーを外に放出し、動的に生きることの重要性を説きます。
そのエネルギー放出の具体的な形として、「出すこと」の重要性が語られます。
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三つの放出: 祈り(精神的)、愛(感情・行動的)、献金(物質的)。この三つが揃って初めて、生命の循環が正しく行われます。
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宇宙の呼吸: 息を吐かなければ吸えないように、自分からエネルギー(浄財や愛)を出さなければ、無限の供給を受け取ることはできません。
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愛と浄財: お金とは「愛」が形を変えたものです。少し背伸びをして、無理をしてでも神様や他人のために「出す」ことで、自分の殻が破れ、より大きな幸せと喜びが入ってくるようになります。
徳久先生自身の経験談(昔は献金が嫌いだったが、実行してみると驚くほど心が豊かになり、供給が増えた話)を交え、出し惜しみする心が逆に自分の人生を窮屈にさせているのだと、力強くアドバイスされています。
038 なぜ『生命の實相』を読むと収入が増えるのか?
今回は、生命の実相が持つ「静」と「動」の両面性、そして宗教と経済(お金)の正しい関係性について、生長の家独自の「株式会社」的な発想を交えて解説されています。
チャプター
00:00 愛に飢えていることが「盗み」の原因になる場合がある
00:35 生命の本質は「静」と「動」の調和にある
01:30 「貧乏こそ神の御心」という誤った宗教観の否定
02:30 自分だけの清らかさに閉じこもることは「動的な自由」ではない
03:10 生命の実相を音楽に例えると:静かな曲も激しい曲も美しい
04:55 宗教が「株式会社」を組織する?生長の家の先進的な経済観
05:35 本山だけが儲かる既存の宗教と、信者が豊かになる生長の家の違い
06:30 『生命の實相』を読んだだけで生活が改善し、収入が増える不思議
07:15 谷口雅春先生の無私無欲な姿勢と「与える」教育
08:05 献金は「人類を幸せにするためのお金」としての自覚
09:10 「与えること」を教えないことは、逆に信者を不幸にする
10:00 互いに与え合うことで、全員が幸福になる「聖使命会」の精神
要約
本講義では、生命の本当の姿(実相)とは、単に静かで清らかなだけでなく、**激しく力強く動くエネルギー(動的な自由自在)**をも含んだものであると説かれています。
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生命の音楽: 音楽に静かな曲もあれば、心を躍らせる激しい曲もあるように、私たちの生命も「静けさ」と「力強さ」が一つに調和しているのが本来の姿です。
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経済と宗教: 「清貧」を尊ぶあまり貧乏を美徳とする古い宗教観を否定し、生長の家が「株式会社」的な組織(聖使命会など)を持つ意味を解説します。それは本山が儲けるためではなく、真理を広めることで信者一人ひとりが精神的にも経済的にも豊かになる「全員参加型」の幸福を目指しているからです。
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与える教育: 創始者・谷口雅春先生は、かつて自分一人で働き、信者に与え続けていましたが、ある時「もらうだけでは信者は幸せになれない(与える喜びを知らないから)」と気づかれました。互いに与え合い、支え合う「聖使命」の仕組みこそが、魂を成長させ、現実の生活を豊かにする鍵であると結論づけています。
039 今の幸せで満足していませんか?無限に伸びゆく「生長」の秘密
今回は「真の生長の家」のあり方や、真理を伝える際のマインドセット、そして徳久先生の若かりし頃の豪快な布教エピソードが語られています。
チャプター
00:00 「宗教株式会社」という誤解と真実:皆が富み、健康になることが目的
01:00 生長の家は「隠れ信者」も多い?松下幸之助氏などのエピソード
01:45 組織に来ることが目的ではない。自分が「神の子」と自覚し力を出すことが大切
02:10 「成長」と「生長」の違い:止まることのない無限の伸び
04:00 谷口雅春先生夫妻の魂の寄り添い:理想の夫婦像
04:45 実践エピソード:50セントの雑誌が50ドルの喜び(浄財)に変わる時
06:40 モノをあげる時の「愛の念い」の重要性
08:20 争わないこと=何もしないことではない
09:15 正しいことを言っても反対されるのは当たり前。使徒行伝に学ぶ覚悟
11:15 間違いに気づいたらすぐ切り替える「電車の乗り換え」の教え
12:20 徳久先生の10年にわたる布教体験:一人の人間を導く根気
13:40 命がけの事務所に乗り込む?若き日の豪快なエピソード
要約
本講義では、生長の家の真の目的は教団を大きくすることではなく、一人ひとりが「神の子」である自覚を持ち、実際に健康で幸福で豊かになることにあると強調されています。
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無限の生長: 「成長」はある程度で止まる成長(肉体的など)を指しますが、生長の家が使う「生長」は、神様の生命が無限に伸びゆくことを意味します。今の幸せに満足せず、さらなる高みを目指し続ける姿勢が説かれます。
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愛の循環: わずか50セントの雑誌であっても、相手の幸せを心から願う「愛の念い」を込めて手渡せば、それは相手に深く伝わり、大きな喜びや浄財となって返ってくるという実体験が紹介されています。
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伝える覚悟: 正しい真理を伝えても、相手から反発されることはあります。それは聖書の使徒たちも経験した道であり、反発を恐れず、しかし愛を持って粘り強く伝え続けることの大切さが、徳久先生自身の10年にわたる導きの体験談を通して語られます。
040 アメリカ人も絶賛した最強の瞑想
今回は、アメリカでの神想観(しんそうかん)の実践体験、性格や人生を劇的に変える「悟り」の力、そして宗教における「方便(ほうべん)」の大切さについて語られています。
チャプター
00:00 生長の家の教えが人間をどう変えるか:感謝と喜びの循環
00:25 アメリカ人への神想観講義:人数ではなく「真の理解」を求めて
02:30 神想観の実践報告:性格が変わり、引っ込み思案が治った体験
03:10 紛失したハンドバッグが戻る?神想観で見せる「なくならない」世界
04:35 他の瞑想(メディテーション)を超えた、神想観の素晴らしさ
05:10 周囲へ教えを広めるアメリカ人たちの行動力
06:10 「なぜそうなるのか」を明確に答えられる生長の家の理論的強み
08:20 仏教の「方便」の教え:おもちゃ(現世利益)で子供を救い出す
09:40 生長の家の真の目的:本山の利益ではなく、人類すべての幸福と繁栄
12:35 病気や不運の根本原因は「争い」にある
14:00 「一人出家すれば九族得脱す」:一人の悟りが家族全員を救う
要約
本講義では、アメリカでの神想観の実践を通じて、国籍を問わず人間が本来持つ「神の子」の力が引き出される様子が語られます。
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神想観による変革: アメリカ人たちがわずか数回の実習で、「性格が前向きに変わった」「瞑想の中で失くしものを見つけた」「事故を未然に防いだ」といった劇的な体験を報告しています。既存のメディテーションと比べても、神想観が「最高」であると絶賛される理由が紹介されます。
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方便(ほうべん)の重要性: 仏教の「三車火宅(さんしゃかたく)」の例えを用い、人間を救うためにはまず「病気が治る」「お金が儲かる」といった現世的な利益(おもちゃ)を入り口にすることも大切であると説きます。しかし、教団の真の目的はそれ自体ではなく、人類すべてが健康で経済的にも豊かになる「光明思想」を広めることにあります。
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争いをやめる: 病気や経済的な行き詰まりの背景には、必ず「誰かとの争い」があります。一人が真理を悟り、争いをやめて感謝の心を持つことで、その家族(九族)までもが救われていくという、スピリチュアルな連鎖の法則が示されます。
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