生長の家の講話 妙楽天国

徳久克己 ヨハネ伝講義 第21回~第27回

前回⇒徳久克己 ヨハネ伝講義 第16回~第20回

第21回

a.運命を劇的に変える「心の法則」

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・人間は神の子であるという自覚
04:15 運命を好転させる「言葉」の力
10:30 病気や不幸は「影」に過ぎない
17:45 真の幸福を手に入れるための心の切り替え
25:20 周囲を照らす「光明」としての生き方
32:10 結び・感謝と祈りの実践
2. 要約

本講話において徳久克己先生は、私たちの本質は肉体ではなく、神から分かたれた「神の子」であると力説されています。日々の生活で直面する苦難や病気は、心の持ち方が映し出した「影」であり、実在しないものであると説きます。明るい言葉を使い、内なる光を自覚することで、暗い影は自然に消え去り、運命が劇的に好転していくという真理を、慈愛に満ちた言葉で分かりやすく伝えています。

b.【人生好転】不安が消え、喜びが溢れ出す!「心の切り替え術」

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・人間は本来、健康で豊かな存在である
05:12 「取り越し苦労」が不幸を呼び寄せるメカニズム
11:45 潜在意識に「喜び」を刻印する重要性
18:30 すべての状況を「感謝」で受け入れるコツ
24:55 実生活で神性を発揮するための具体的な実践
33:10 結び・無限の力が溢れ出す祝福の言葉
2. 要約

本講話で徳久克己先生は、私たちの人生を支配しているのは「何を与えられたか」ではなく「何を心に描いているか」であると説かれています。多くの人が「もし悪くなったらどうしよう」という取り越し苦労によって自ら不幸を招いていますが、本来の人間は神の生命そのものであり、不完全なところは一つもありません。不足や不安を数えるのをやめ、すでに満たされていることに感謝し、明るい未来だけを先取りして喜ぶことが、運命を好転させる唯一無二の鍵であると強調されています。

第22回

a.人間関係が劇的に変わる!「拝み合い」の精神と運命好転の智慧

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・人間は神の生命の顕れである
04:35 現象の背後にある「実相」を観る
11:20 運命を束縛する「間違った思い込み」の打破
18:15 無限の智慧と愛を引き出す心の法則
25:40 調和した人間関係を築くための秘訣
31:50 結び・全人類の幸福を祈る生き方
2. 要約

本講話において徳久克己先生は、私たちが目にする不完全な現象世界に惑わされることなく、その奥に厳然と存在する完全円満な「実相(じっそう)」を観ることの大切さを説かれています。人間は本来、神の生命を受け継いだ自由自在な存在であり、罪や病に縛られる筋合いはありません。自らの神性を信じ、他者の内なる神性を礼拝する(拝み合う)ことで、家庭も社会も自ずと天国のような調和に満たされていくという、光明思想の真髄を優しく説き明かしています。

b.奪い合いから分かち合いへ|あなたの器を無限に広げる真理講話

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・私たちが生きている真の目的
04:50 「与えること」がもたらす心の豊かさ
11:15 奪い合いの心から生み出される不幸の正体
17:35 無限の愛を社会に循環させる生き方
24:10 感謝の念がもたらす最高の引き寄せ
31:45 結び・人類すべての繁栄を祈る言葉
2. 要約

本講話の中で徳久克己先生は、人生の真の喜びと繁栄は「奪うこと」ではなく「与えること」によってのみもたらされると説かれています。多くの人が「足りない」という不足感から他者と競い、奪い合おうとしますが、それは自らの心を貧しくする原因に他なりません。人間は本来、神の無限の愛と豊かさを注ぎ込まれた器であり、その愛を周囲の人々へ惜しみなく与え、流し出していくことで、さらに大きな豊かさが自然と巡ってくるという真理を温かく語りかけています。

第23回

a.【運命好転】心の怒りが一瞬で消える!

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・心に描いたものが現実に現れる
05:05 怒りや不満が運命を曇らせる原因
11:30 「許すこと」で心が解放されるメカニズム
18:10 日々の生活を光明化する感謝の実践
24:50 運命を無限にひらく大調和の知恵
32:00 結び・全人類の幸福と平和の祈り
2. 要約

本講話において徳久克己先生は、私たちの人生を形作るのは日々の「心の調和」であると説かれています。他者に対する怒り、不満、あるいは執着といった不調和な思いは、自分自身の運命を曇らせ、望まない現象を引き寄せる原因となります。すべての対立を乗り越えて「許し、感謝する」こと、そして周囲のあらゆる存在と大調和を保つことこそが、内なる神性を100%発揮させ、真の幸福と繁栄を手に入れる唯一の道であると温かく語りかけています。

 

 

b.【人生の真実】外を探すのはやめなさい。「内なる宝」の目醒めさせ方

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・神の国は私たちの心の内にある
05:15 物質の奥にある本当の価値を見出す
11:40 「足りない」という錯覚を消し去る智慧
18:25 祈りを通して無限の智慧を汲み出す方法
24:50 与えられた環境で神性を100%発揮する
31:55 結び・大調和の心が生む絶対的な幸福
2. 要約

本講話において徳久克己先生は、私たちが求める幸福や豊かさは、外側の世界を探し回っても見つかるものではなく、すでに私たち自身の「心の内(内なる神の国)」に完璧に備わっていると説かれています。目に見える物質的な不足や制約にとらわれ、「足りない」と嘆くのは大きな錯覚です。静かに祈り、自らの内にある無限の智慧と愛を自覚して日々の生活に注ぎ出すとき、どんな環境にあっても絶対的な調和と喜び、確かな豊かさが眼前に現れてくるという真理を優しく指南されています。

第24回

a.【運命の激変】あなたの人生を劇的に好転させる「心の掃除」

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・人生を支配する心の法則と原因結果の理
04:45 過去の「心の傷」や執着を洗い流す方法
10:50 「すでに与えられている」という感謝の目覚め
17:15 日々の言葉遣いが未来の環境を創り出す
23:40 互いの良さを認め合う「拝み合い」の実践
31:30 結び・全人類の調和と無限の繁栄を祈る
2. 要約

本講話において徳久克己先生は、私たちの目の前に現れるすべての環境や境遇は、自分自身の心が過去から現在にかけて描き続けてきたものの現れであると説かれています。過去の失敗への執着や、他者への不満といった不調和な思いを心の中に溜め込んでおくと、それが未来の不幸という形で実を結んでしまいます。不満を数えるのをやめ、今この瞬間に「すでに与えられている恵み」を発見して深く感謝し、互いの内なる神性を礼拝し合うことで、運命の濁りはきれいに洗い流され、無限の繁栄と大調和がもたらされるという真理を優しく伝えています。

b.【金運劇変】不足の錯覚を消し去る!「無限の富を引き寄せる法則」

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・あなたの内に眠る無限の供給力
05:10 「お金がない」という恐怖心が貧しさを創る
11:35 豊かさの源泉である神の智慧とつながる
18:00 喜んで使い、喜んで受け取る経済の真理
24:45 豊かさを無限に引き寄せる感謝の波動
32:15 結び・豊かなる神の生命への祝福の祈り
2. 要約

本講話において徳久克己先生は、経済的な困窮や不足の真の原因は外側の不況にあるのではなく、私たちの心の中にある「足りない、失うのが怖い」という恐怖心や制限の思い込みであると見抜かれています。人間は本来、神の無限の富と供給をそのまま受け継ぐ存在であり、その源泉は涸れることがありません。お金や物に対する執着と不安を手放し、「すでに無限の豊かさが与えられている」と深く信じて喜びの中で生かすとき、宇宙の富の循環が勢いよく回り始め、実生活にも豊かな実りがもたらされるという経済の真理を優しく力強く説かれています。

第25回

a.【心身の救い】病気の影を消し去る!徳久克己先生が明かす「本来の健康」を取り戻す奇跡

1. チャプター(タイムスタンプ)
00:00 冒頭・病気の本質と「本来健康である」という真理
04:55 体の不調を作り出す心の緊張と不安
11:20 魂の叫びとしての症状とその解放
17:40 日々の感謝の念がもたらす自己治癒の奇跡
24:15 完全円満な生命を信じ切る心の持ち方
31:50 結び・健やかな心身と全人類の健康を祈る
2. 要約

本講話において徳久克己先生は、病気や体の不調の本質的な原因と、そこから解放されるための心の在り方について説かれています。私たちは体に症状が現れると、つい「病気になった」と怯えてしまいますが、それは心が作り出した一時的な影にすぎません。人間は本来、神の生命そのものであり、不完全な病に縛られる筋合いはないのです。病気への恐怖心や執着を手放し、自分の体が持つ無限の生命力に深く感謝を捧げ、心身の緊張をゆるめて神の完全な調和に委ねることで、本来の健やかさが自然と現れてくるという救いの真理を優しく語りかけています。

b.【ヨハネ伝講義】イエスが沈黙した理由と「霊の王国」の真実

チャプター(タイムスタンプ)
00:00 ヨハネ伝講義の朗読と解説の開始
03:44 総督ピラトの人物像とユダヤの歴史的背景
05:09 形式主義に陥るユダヤ教徒とイエスの連行
07:25 ピラトによるイエスへの尋問
08:14 イエスの語る「例の王国(霊の王国)」
09:40 真理とは何か・イエスの黙然たる態度
11:00 実相の世界と「人間・神の子」の本質
12:54 強盗バラバの釈放とイエスへの残虐行為
14:40 群集心理の恐ろしさと戦争の心理
16:08 ピラトの自己弁護とむち打ちの原型
18:47 十字架の宣告とゴルゴダの丘への道
29:15 ローマの十字架刑の激烈な苦痛
30:30 兵士たちの衣服分配と旧約聖書の預言
32:25 十字架の傍らに佇む女性たちとマグダラのマリア
34:26 母マリアと愛する弟子への最後の言葉と息引き
要約

本動画は、徳久克己先生による生長の家「ヨハネ伝講義」の解説です。イエス・キリストがローマの総督ポンテオ・ピラトによって裁かれ、十字架にかけられる場面が詳細に紐解かれています。 当時、形式主義や迷信に陥っていたユダヤ教徒たちは、精神的な罪悪を顧みず、異教徒の館に入るなどの表面的な汚れのみを気にしていました。彼らはイエスを死刑にする権利がなかったため、冷酷な総督ピラトのもとへ連行します。ピラトから「お前は王か」と問われたイエスは、自身の国がこの世のものではなく「例の王国(霊の王国)」であることを断言します。そして「真理とは何か」という問いに対しては黙然とされました。これは、肉体的な人間には神そのものの延長である「実相(人間・神の子)」の真理が理解できないと分かっていたからであると解説されます。 その後、群集心理にのまれた人々は強盗バラバの釈放を求め、イエスに凄惨なむち打ちやいばらの冠をかぶせる残虐行為を働きます。ピラトは保身のために十字架刑を宣告し、イエスはゴルゴダの丘で息を引き取ります。その最期を看取ったのは恐怖に逃げ出した男の弟子たちではなく、深い信仰と感謝を持ったマグダラのマリアをはじめとする女性たちであったことが強調され、真の愛と信仰のあり方が示されています。

第26回

a.【十字架の真の意義】なぜキリストは死の直前に絶望したのか?

チャプター
00:00 マタイ伝とヨハネ伝におけるイエス最期の言葉
02:45 わが神、わが神、なんぞ我を見捨てたもうや
05:12 普段の信仰といざという時に試される魂の力
07:11 うまくいかない時はさらに良いものが与えられる兆し
09:47 死に直面した時の肉体の恐怖と満州での実体験
14:04 死生観が変わることで得られる心の安らぎ
17:41 クリスチャンでも回答が難しい「十字架の真の意義」
22:25 ブラジルやアメリカでの「人間神の子」を巡る対話
28:09 飛田給の練成道場で青年たちと「神の存在」を語る
32:18 十字架上で叫んだのはキリストではなく「人類の罪」
35:17 聖母マリアへの孝養と最期に託された弟子
39:40 十字架とは「罪の抹殺」と「実相の復活」の象徴
41:44 神想観によって五感の世界を否定し実相に生きる
要約

本講話で徳久克己先生は、イエス・キリストが十字架上で放った「わが神、わが神、なんぞ我を見捨てたもうや」という悲痛な叫びの真意と、十字架が持つ本質的な意義について、生長の家の教え(実相哲学)の観点から深く解説されています。

キリストともあろう御方が最期に絶望の言葉を遺したという事実は、キリスト教において長年議論の的となってきました。しかし、徳久先生は谷口雅春先生の解説を引き、「十字架にかけられて悶絶し、叫び声を上げたのは真のキリスト(神の子としての本性)ではなく、イエスの肉体を媒介として消滅していった『人類の罪そのもの』である」と明かします。当時のユダヤ人に深く根付いていた「人間は原罪を背負った罪の子である」という迷信を打ち破り、罪を身代わりとなって完全に消滅させるプロセスが、あの断末魔の叫びであったということです。したがって、十字架の本質とは「罪の抹殺(肉体の否定)」と「実相の復活(神の子としての本質の現れ)」の象徴にほかなりません。

また、先生は自身の満州での臨死体験(ソ連兵に銃口を突きつけられた恐怖)や、ブラジル・アメリカ・飛田給の練成道場での無神論者・クリスチャンたちとの生々しい対話エピソードをユーモアを交えて披露されます。人間は普段どれだけ悟ったような顔をしていても、いざ病気や死といった限界状況に直面した時に初めて本当の信仰の力が試されると指摘します。

私たちは肉体や目に見える環境(五感の世界)を自分だと思い込みがちですが、これらは本来無いものであり、人間は永遠の生命を持つ神の子であるというのが真理です。日々の「神想観」を通じて五感の世界を静かに去り、実相の世界を見つめることこそが、十字架の意義を自らの人生に体現し、いかなる苦難をも魂の向上へと変えていく達人の生き方であると力強く結ばれています。

b.神想観の正しい手順と効果を高める「現象否定」の重要性

チャプター(タイムスタンプ)
00:00 真創刊(神想観)の基本と五感の世界の否定
01:39 肉体の否定から神の子としての肯定へ
03:52 ヨハネ伝講義:イエスの十字架刑と兵卒の処理
05:56 マグダラのマリア:罪の意識の深さと救われた喜び
08:44 救いが必要な人と「学者と金持ち後回し」
12:01 錬成会における救いの体験と指導者の姿勢
15:10 回島義一氏の逸話と『生命の實相』の感化
17:35 墓を訪れたマリアとイエスの復活の姿
21:50 骨を砕かれなかったイエスと旧約聖書の預言
24:54 悲しみの感情と身体の変調(水が溜まる病気)
26:27 潜在意識の浄化:感情を紙に書いて燃やす方法
35:10 偶然ではない摂理と十字架の真の意味
要約

徳久克己先生による生長の家「ヨハネ伝講義」の解説です。神想観を行う際には、まず「五感の世界を去って実相の世界に入る」という現象の否定(けじめ)を明確にすることが重要であり、これが不十分だと肉体の囚われから抜け出せないと説かれます [00:07], [02:26:00]。

後半ではヨハネ伝の聖書箇所に基づき、イエスの十字架刑と復活、そして最初にイエスの墓を訪れたマグダラのマリアの逸話が解説されます [03:52:00], [05:56:00]。かつて罪深いとされたマリアが誰よりも先にイエスの復活を目撃した背景には、自らの罪や苦しみの自覚が深かったからこそ、救われた時の喜びとイエスへの思慕が人一倍強かったという宗教的な真理があります [07:53:00], [18:02:00]。

さらに、心身の相関関係についても言及され、「悲しみの感情が身体の水(肋膜炎や関節の水など)に変わる」という見地から、潜在意識に溜まった怒りや悲しみを紙に書き殴って燃やすことで心を浄化し、神の子としての実相を自覚する実践的な方法が提示されます [25:13:00], [33:20:00]。

第27回

a.

チャプター(タイムスタンプ)
00:00 アリマタヤのヨセフによるイエスの遺体引き取り
00:54 ニコデモの訪問と高価な香料(没薬・沈香)の調達
01:29 ユダヤの埋葬の風習と新しい墓への安置
03:15 安息日明けの早朝と墓を訪れた女性たち
03:54 女性たちの深い信仰心と男性の弟子たちの対比
04:40 墓が空であることの発見と弟子たちへの急報
05:20 ペテロとヨハネの競争と墓の内部の様子
要約

徳久克己先生による生長の家「ヨハネ伝講義」の解説動画です。十字架刑によって完全に絶命したイエスの遺体を、ユダヤ人からの迫害を恐れながらも密かな信者であったアリマタヤのヨセフが引き取り、ピラトの許可を得て葬る場面から始まります [00:08], [00:47]。

かつて夜中にイエスを訪ねて教えを乞うたユダヤの長老ニコデモも、没薬や沈香といった極めて高価な香料を持参して合流します [01:02:00], [01:21:00]。ユダヤの風習に従い、遺体に香料を塗り、白い布で包んで新しい洞窟の墓へ丁寧に安置しました [01:29:00], [02:21:00]。

安息日が開けた週の初めの日の早朝、マグダラのマリアをはじめとする女性たちが、不十分だったかもしれない埋葬をし直そうと墓を訪れます [03:15:00], [04:12:00]。徳久先生は、男性の弟子たちが身を潜める中で、恐れずに真っ先に駆けつけた女性たちの信仰心の深さを賞賛します [03:54:00]。墓が空になっているのを目撃したマリアはペテロとヨハネに急報し、知らせを聞いた二人が驚いて墓へと駆け出す様子が描かれています [04:40:00], [05:20:00]。

b.他人と比較しない生き方:あなただけに与えられた「神の使命」を全うせよ

チャプター(タイムスタンプ)
00:00 復活のイエスと疑い深いトマスの再会
01:57 ティベリア湖(ガリラヤ湖)での漁と不漁の夜
02:39 岸辺に立つ見知らぬ人の助言と153匹の大漁
04:11 岸辺の奇跡(物品引き寄せ現象)と国内外の心霊事例
09:02 生長の家が解き明かす聖書・仏典の「新しい霊的解釈」
12:56 イエスからペテロへの問い「汝、我を愛するか」と3度の念押し
17:57 イエスを愛することの真意:人類愛と目前の人間への奉仕
19:45 ペテロの未来の殉教の預言と「我に従え」の真意
25:28 各人に与えられた異なる使命(ペテロとヨハネの対比)
29:55 ヨハネ伝講義の完結と霊的聖書読解の勧め
要約

徳久克己先生による生長の家「ヨハネ伝講義」第27回の後半、シリーズの完結編です。動画は、復活したイエスが疑い深い弟子トマスの前に現れ、傷口に触れさせて信仰を確かめさせる場面から始まります [00:05]。

その後、舞台はティベリア(ガリラヤ)湖畔へと移ります。ペテロたちが夜通し漁をしても何も獲れなかった中、夜明けに現れたイエスの指示通り船の右側に網を下ろすと、153匹もの大魚が獲れるという奇跡が起こります [02:28:00], [02:46:00], [03:44:00]。徳久先生は、岸辺に用意されていた見知らぬ魚やパンを、現代でも起こり得る「物品引き寄せ」という心霊現象の観点から解説し、既成宗教がこれらを単なる現象として退けたり、唯物的に解釈したりすることを批判します [06:21:00], [09:31:00]。生長の家の教えこそが、聖書や仏典に新たな霊的生命を吹き込むものであると力説されます [10:07:00]。

食後、イエスはペテロに対し「私を愛するか」と3度にわたって問いかけます [13:30:00]。これは、かつてイエスを3度否認したペテロの罪悪感を拭い、愛の決意を固めさせるための念押しでした [16:34:00], [21:20:00]。徳久先生は、イエスを愛するとは抽象的な概念ではなく「人類を愛し、目の前の人間を具体的に愛し、そのために命をも捨てること(わが羊を養うこと)」であると説きます [18:28:00]。最後に、他人の運命や使命を羨むことなく、各々が自分に与えられた独自の使命に従って「我に従え」という真理の道を進むことの大切さを語り、長きにわたるヨハネ伝講義を締めくくります [25:28:00], [28:31:00]。

連続して聴く

テキスト:ヨハネ伝講義-谷口雅春著

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