- 徳久克己 無門関解釈
- 第1則-a 「肉体はない」を体得する唯一の方法
- 無門関解釈 第1則-b なぜ「病気は本来ない」と言い切れるのか?
- 無門関解釈 第2則-a 【禅の真理】病気や不幸はなぜ消えるのか?
- 無門関解釈 第2則-b 【神の子の自覚】「人間は猿の子ではない」、運命を一変させる人間観の転換
- 無門関解釈 第2則-c 運命を激変させる「観点」の転換
- 無門関解釈 第2則-d 運命を飛躍させる「新たなる我の発見」
- 無門関解釈 第3則 仕事と教育の極意!人生を劇的に変える「そこだ!」という呼吸の掴み方
- 無門関解釈 第3,4則 なぜ病気は「本来ない」と言えるのか?濁り水の中に清らかな水を見る智慧
- 無門関解釈 第5則 【無門関】絶体絶命で「360度」道が開ける
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徳久克己 無門関解釈
第1則-a 「肉体はない」を体得する唯一の方法
今回は、禅の有名な公案である「趙州無字(じょうしゅうむじ)」を題材に、生長の家の根本教理である**「現象本来なし」「肉体本来なし」**をいかに体得するかについて、深く鋭く語られています。
チャプター
00:00 趙州和尚の「無」:犬に仏性はあるか?という問いへの衝撃的な答え
02:40 徳久先生の苦悩:理屈ではわかるが「肉体なし」がどうしても腑に落ちない
04:50 野村講師の「鉄拳」エピソード:肉体がなければ叩いても痛くないのか?
06:40 冷暖自知(れいだんじち):真理は理屈ではなく、自分で体験して知るもの
11:40 肉体とは「心」の現れ:物質としての肉体は存在せず、すべては心の影である
14:00 科学的視点からの「肉体なし」:分子の隙間は天体間の距離ほど広い
17:00 戦争も「心」の戦い:弾丸が腹に響くかどうかは心の勢いで決まる
20:10 趙州の「無」をどう受け取るか:知識としての真理では救われない
23:40 仏の「人相書き」を説いていないか?:自分のものになって初めて価値が出る
28:30 真理の関所を通る:自分の「立場(自己限定)」を徹底して否定し、捨てる
33:40 ブラジルでの講演エピソード:「ブラジル時間」という自己限定を打ち破る
38:10 360度回転の悟り:180度(反対)ではなく、一周回って「ありのまま」に感謝する
41:30 最後に一滴が透明にするように:読み続けることで訪れるパッとした悟り
要約
この講義の核心は、「知識としての真理」を「体得した真理」へと昇華させることにあります。
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現象・肉体本来なしの体得: 徳久先生自身、生長の家の教えを学びながらも「肉体がない」という実感が持てず苦しんだ時期がありました。これを解決するのは理屈ではなく、禅で言う「冷暖自知(水が冷たいか温かいかは飲んだ本人が知る)」の体験です。
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肉体は心の影: 野村講師が質問者を殴ったエピソードを通じ、肉体を打たれて心が痛むのは、肉体が物質ではなく「心の表現」だからであると説かれます。物質としての肉体はスカスカの泡のようなものであり、そこに実在性はありません。
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360度回転の悟り: 悟りとは、これまでの生き方を180度変えて別の人になること(180度回転)ではありません。真理を一周回って体験し、元の場所に戻ってきた時(360度回転)、それまで当たり前だと思っていた親、子、夫、妻、そして自分の環境すべてが「ありがたい」と光り輝いて見えるようになる、これが真の展開です。
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自己限定を捨てる: 「自分はこういう人間だ」「この国ではこうだ」という思い込み(自己限定)は、真理を遮る関所です。これを徹底して否定し、切り捨てた先に、自由自在な神の子の力が現れます。
無門関解釈 第1則-b なぜ「病気は本来ない」と言い切れるのか?
1. チャプター(タイムスタンプ)
動画の主要な転換点を抽出しました。
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[00:00] 導入:医学の道を捨てた衝撃の体験と人生の目標喪失
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[02:45] 180度から360度へ:「病気がないからこそ医者で良かった」という悟り
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[06:30] 自己限定の打破:固定観念を捨てて新しい自分に生まれ変わる
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[07:30] ブラジルでの奇跡:常識を破った企業進出(ヤオハン・和田社長の事例)
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[13:20] 26歳の青年の大逆転:野菜市場の小僧から億万長者へ
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[20:10] 無門関の神髄:「無」は真理そのものではなく、通過すべき「関所」である
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[26:45] 現代の奇跡:末期がん(骨肉腫・転移あり)が消えた実話
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[35:40] 偽物が消えれば本物が現れる:闇を否定し、光を見つめる生き方
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[41:10] 結論:当たり前のことが、当たり前にありがたくなる世界
2. 要約
本動画は、生長の家の講師・徳久克己先生が、禅の公案『無門関』第1則を借りて、人生を劇的に変える「360度回転の悟り」について説いた講義です。 徳久先生自身の「病気がないなら医者は不要だ」と一度は医学を捨て、その後「病気がないからこそ、医者として神の子を観るのだ」と復帰した180度の否定から360度の肯定へのプロセスを語ります。 また、ブラジルでのビジネス成功事例や、医学的に絶望視されたがん患者の治癒例を挙げ、「自分はこういう人間だ」「現実はこうだ」という固定観念(自己限定)を徹底的に打ち破った時に、人間の中に眠る「神の子」の無限の可能性が顕現することを情熱的に伝えています。
無門関解釈 第2則-a 【禅の真理】病気や不幸はなぜ消えるのか?
1. チャプター
00:00 冒頭・第2則「百丈野狐」の導入
01:34 500回も狐に転生した老人の話
04:09 悟りの一言「不昧因果」とは
08:20 徳久先生による「実相と現象」の解説
12:51 病気の本質:肉体人間という誤解
18:05 鳥潟博士の実話:一瞬で病が消える
28:16 谷口雅春先生の教え:心を放つ「放下」
41:01 まとめ:因果をくらまさない生き方
2. 要約
本動画は、禅の公案集『無門関』第2則「百丈野狐」を、生長の家の教義である「実相(本来の完全な姿)」と「現象(仮の姿)」の観点から徳久克己先生が平易に解説した講話です。 かつて「修行者は因果に落ちない(不落因果)」と誤った答えをしたために、500回も狐に生まれ変わった老人の物語を通し、「因果をくらまさない(不昧因果)」という真理を説きます。「人間は本来病気もしない神の子である」という実相を悟り、病気という現象に縛られた心を解き放つ(放下する)ことで、現実の病や不幸が消えていくプロセスを、名医・鳥潟博士のエピソードなどを交えて具体的に示しています。
無門関解釈 第2則-b 【神の子の自覚】「人間は猿の子ではない」、運命を一変させる人間観の転換
1. チャプター
00:00 冒頭・「百丈野狐」の寓話的価値
01:52 誰にも見られなかった老人:心の影の正体
04:19 聖書(創世記)との対比:実相と現象の二段構造
08:20 人間観の転換:猿の子か、神の子か
14:20 禁断の木の実(唯物論)を吐き出す方法
25:58 肉体的欲望と神性の支配について
29:48 根本無明と「自力修行」の罠
33:50 悟りとは「新たなる自分の発見」である
37:58 錬成道場でのエピソード:悪い人間は一人もいない
41:30 釈尊の涅槃に学ぶ:肉体と仏性の因果
2. 要約
本動画は、禅の公案「百丈野狐」を、仏教的な解釈に留まらず、聖書(創世記)の人間創造のプロセスと対比させながら徳久克己先生が解説する貴重な講話です。 物語に登場する野狐(老人)は、実は百丈和尚自身の「心の影」であり、私たちが無意識に抱いている「肉体人間」という自己限定の象徴であると説きます。近代科学が教える「人間は猿から進化した」という進化論的人間観(現象)を捨て、創世記第1章に記された「神の形に作られた人間(実相)」を自覚することこそが、迷いから脱する唯一の道です。「自分を良くしよう」とする自力の修行を捨て、本来のダイヤモンド(神の子)を発見する「観(見方)の転換」の重要性が、情熱的に語られています。
無門関解釈 第2則-c 運命を激変させる「観点」の転換
1. チャプター(動画構成)
0:00 実相(本当の生命)を見る者と見ない者の差
1:10 肉体以外の「釈迦」を見る:因果を超越する視点
2:18 月の満ち欠けと実相:姿は見え隠れしても本性は不変
4:05 瓦を磨いて宝石になるか:自力修行の限界と「渾身の悟り」
6:34 怒るも褒めるも心次第:名古屋の「声が出なくなった先生」の事例
12:30 清水次郎長に学ぶ「愛念」のある指導と恥をかかせない配慮
15:00 正しい観点に立つための祈り:「神我を導き給え」の実践
17:28 実相因と中間因:なぜ「不昧因果」で野狐の身を脱せたのか
29:16 人生は「風流三昧」の芝居:実相を知れば現象に惑わされない
2. 要約
本動画では、500回も狐に生まれ変わった老人の解脱(野狐禅)を題材に、**「人間は肉体か、神の子か」**という根本的な観点の転換について説いています。 徳久先生は、因果に縛られる「現象の自分(旧我)」をいくら磨いても悟りには至らず、最初から完全な「実相の自分(神の子)」を自覚することの重要性を強調します。 たとえ現象世界で病気や悩みの中にあったとしても、それは役者が舞台で役を演じているような「風流三昧」の姿に過ぎません。根本の「実相因(人間神の子)」に立ち、愛念を持って生きることで、すべての因果の縛りから解放されるという、生長の家の真髄が語られています。
無門関解釈 第2則-d 運命を飛躍させる「新たなる我の発見」
1. チャプター(動画構成)
0:00 黄檗の鋭い質問:救われた理由の矛盾
1:18 百丈の「一掌」:言葉を超えた伝達
4:00 根本の相違:人間を「実相」と見るか「肉体」と見るか
8:07 努力家が陥る罠:自分を直そうとする限界
9:40 悟りとは「新たなる我の発見」である
12:55 自己限定を破る:現在の常識を捨てる飛躍
2. 要約
本動画は「無門関 第2則」の締めくくりとして、**「悟りとは何か、そしてそれがどう現実に生きるか」を説いています。 徳久先生は、弟子の黄檗が師匠の百丈を殴った(一掌を報いた)エピソードを通じ、真理は理屈ではなく「肉体は偽物、霊こそ本物」という確信にあると述べます。 また、真面目な努力家ほど「ダメな自分を直そう」として「大修行底の人(狐)」になりがちですが、大切なのは「現在の自分を捨てる飛躍」です。借金2000万で絶望していた経営者が、実相(神の子の無限力)を自覚することで50億を動かす存在へと飛躍した例を引き、「新たなる我の発見」**こそがビジネスや人生を無限の繁栄へと導く唯一の鍵であると結論づけています。
無門関解釈 第3則 仕事と教育の極意!人生を劇的に変える「そこだ!」という呼吸の掴み方
1. チャプター
0:00 倶胝竪指(ぐていじゅし):指を一本立てるだけの不思議な公案
5:12 倶胝和尚の挫折:尼僧「実際」にやり込められた過去
10:12 天龍和尚との出会い:一指の教えを授かる
11:47 「コツ(呼吸)」を掴む:仕事・教育・芸道の極意
14:17 失敗を重ねて磨かれる「身に付く力」
16:51 力を入れるべき「そこだ!」というタイミング(力士丹田)
21:03 劣等感を越えて:徳久先生の字の練習と「下手でいい」の悟り
26:22 褒め方のコツ:部下や子供を伸ばす「成長の家」流教育
28:51 医師の経験から語る「そこだ!」の判断:治療の呼吸
34:49 指導者の波長:神と調和して出るパッとした答え
43:08 塵の中にも世界がある:一微塵に全宇宙を見る目
48:47 人間は「宇宙の生命が咲かせた美しい花」である
53:00 形だけの真似と真実の違い:同じ言葉でも響きが違う理由
59:48 宗教の本質:一切万事、自分に原因を求める自己反省
2. 要約
本動画は、何を聞かれても指を一本立てるだけで人々を悟りに導いた「倶胝(ぐてい)和尚」の公案を、徳久克己先生が日常生活やビジネス、教育の視点から分かりやすく解説しています。
倶胝和尚が指一本で真理を示せたのは、それが単なる形ではなく、天地宇宙の生命そのものを指し示していたからです。徳久先生は、これを仕事や教育における**「コツ(そこだ!という呼吸)」**に例えます。医師が注射のタイミングを見極めるように、あるいは指導者が部下を褒める絶妙な瞬間を見極めるように、理屈を超えた「力士丹田(りきしたんでん)」の境地が大切であると説きます。
また、形だけを真似て指を立てた小僧が和尚に指を切り落とされたエピソードを通じ、**「同じ言葉を発しても、発する人の心の深さによって相手への響きが全く異なる」**という真理を強調。最終的には、人生に起こる全ての出来事を「相手のせい」にせず、自分自身の心のあり方に立ち返る「自己反省」こそが、人間を無限に伸ばす唯一の道であると結論づけています。
無門関解釈 第3,4則 なぜ病気は「本来ない」と言えるのか?濁り水の中に清らかな水を見る智慧
【チャプター】
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00:00 第3則「倶胝竪指(ぐていじゅし)」:形だけの真似では届かない真実
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03:08 体験の尊さ:知識を自分の命のものとする
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07:10 心の変化が運命を変える:病気治癒の本当の意味
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12:15 「そこだ!」という指導:相手を活かす最高の褒め方
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16:30 兆しを察する:大きな失敗を防ぐ経営のコツ
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21:50 第4則「胡子無鬚(こすむしゅ)」:あるはずの髭がない理由
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24:50 「人間は子宮から生まれない」:肉体を超えた生命の実相
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45:30 濁り水も水は濁らず:迷いの中にある清浄な生命
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52:10 「私が悟った」という罠:自他一体の絶対把握へ
【要約】
本動画は、禅の公案である『無門関』第3則・第4則を題材に、徳久克己先生が「形や現象に囚われず、その奥にある生命の実相を掴むこと」の重要性を説く講話です。 指を立てる真似をしていた小僧が指を切られて悟った物語から、人真似ではない「自分自身の体験」の尊さを強調します。また、髭があるはずのインド人に「なぜ髭がないか」と問う公案を通じ、肉体や病気、罪といった「目に見える現象(髭や濁り)」は本来なく、その奥にある清浄な生命(水そのもの)こそが真実であることを解き明かします。
無門関解釈 第5則 【無門関】絶体絶命で「360度」道が開ける
チャプター
0:00 真剣勝負の信仰と「企業家精神」
4:00 谷口雅春先生に学ぶ「真の弟子」のあり方
7:30 人をさばくな、仕事をさばけ —— 指導の要諦
12:00 香厳和尚の決断:絵に描いた餅(知識)を焼き捨てる
16:00 「教えない」という慈悲 —— 機縁が熟すのを待つ
20:00 撃竹の悟り:自分と宇宙が一つに溶け合う瞬間
22:30 幸せへの近道「三正行」と「感謝業」
28:30 アラブの石油危機に見た「観音菩薩の現れ」
36:00 無駄を省くとは「物を生かす(生かす)」こと
46:00 人生を360度回転させる「エターナル・ナウ」の把握
56:00 成功者と失敗者の「世界観」の決定的な差
1:03:00 自己限定を破り、絶体絶命の公案を解く
要約
本動画では、徳久克己先生が『無門関』第5則「香厳上樹」の公案を紐解きながら、私たちが直面する「進むも退くも地獄」という絶体絶命の状況を、いかにして実相(真実の生命)の力で突破するかを説かれています。
かつてタバコの執着を断ち、多くの事業家を導いてきた先生は、単なる知識(絵に描いた餅)を捨て、「行」によって掴み取ることの重要性を強調されます。特に、「石油危機は感謝を忘れた日本人への観音菩薩の導きである」という谷口雅春先生の視点を通じ、どんな悪状況の中にも神の愛を見出す「360度の観の転換」を教示。
「人(存在)をさばかず、仕事(事務)を峻烈にさばく」という経営の智慧や、日々の生活を支える「三正行+感謝業」の具体的な実践法など、現代を生きる私たちに不可欠な「運命好転の鍵」が満載の講話です。
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